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 人間は脆く、弱く、矮小な存在であると思っていた。
 誇り高き竜族からすれば、彼らはあまりにも取るに足らない存在だった。竜山の下、オリヴィニスに住まう者達に限定して言えば侮ることもできなかったが、それ以外の人間は路傍の石ほどの価値もない。
 これから先、竜の持つ長い時の中で深く関わることなどないだろうと、生まれて間もない頃からずっとそう思っていた。

 竜は頑健で、強く、尊大な存在であると教えられてきた。
 オリヴィニスの中でも竜の国にほど近い麓の村に住まう者達にとって、竜は遠からぬ存在であった。そうは言っても、竜は竜、人は人だ。持って生まれたすべてが違う。相容れることはないのだと、大人達から噛んで含めるように言い聞かされていた。
 憧れていた。同時に恐怖心もあった。竜は気高く、人間などには見向きもしない。その気になれば、服についた埃を払う程度の力であっさりと首を引き抜いてしまえるのだから。

 あの日、すべてが一変した。
 あまりに小さなその姿を見たときに。
 あまりに大きなその姿を見たときに。

 彼女こそが、彼こそが、――永久の伴侶なのだと、誰に教えられるわけでもなくそう確信したのだ。
 

 雷鳴と共に石の礫が降りそそぐ。
 麓の村ではほとんどの住民が小さな寺院に避難していた。大地が震動するたびに天井からぱらぱらと砂塵が落ちてくる環境に、誰もが不安に陥り身を寄せ合っていた。寺院に残った若い僧侶が大丈夫だと柔らかく笑んで宥めてくるものの、外から聞こえる恐ろしい鳴き声がその言葉から信憑性を削いでいく。
 上空で繰り広げられる竜の戦いによって、麓の村の被害は甚大だった。ある家では、子どもほどの大きさの石が降ってきて天井に穴が開き、またある家では家屋そのものが倒壊した。村長の家にも雷撃を纏った礫の直撃を受けたため、人々はこうして寺院へと集まってきたのだ。
 姉のアリージュが、色を失くした唇で「大丈夫よ」と囁いてタラーイェを抱き締める。心配しなくていい、怯えなくていい、きっとシーカーさまがなんとかしてくれる。タラーイェにというよりむしろ、アリージュは己に言い聞かせているようだった。
 怯える姉の手を握り返し、タラーイェはどんよりと曇った空が広がる窓の外を見上げた。多くの竜が翼を広げ、巨躯を知らしめるように飛んでいる。
 ――そこに見知った色が見えた気がして、タラーイェは小さな身体を跳ね上げた。

「タラーイェ!? どこへ行くのっ、待って! 待ちなさい!」
「ごめんなさい! すぐ戻るから、姉さんはここにいて!」

 アリージュの腕を振り切って、タラーイェは寺院から飛び出した。周りの大人達が必死に止めようとする中を、無我夢中で走り抜けて外に出ていた。扉をたった一枚隔てただけなのに、そこは想像を絶する空間だった。
 小さな村のあちこちで火の手が上がり、半身が抉れた竜の亡骸が家を潰している。むせ返るような血の臭いに、肉の焦げ付く臭気。空から降りそそぐ岩を砕くことに夢中の僧侶達は、小さなタラーイェの存在に気づかないようだった。
 アリージュが追いかけてこないうちにと、タラーイェは懸命に足を動かして茂みに駆け込んだ。ビュオ、と音がして、すぐ真横を拳大の石が落ちていく。ずきずきと痛む胸を小さな手で押さえ、ひと気のなくなった森の中で天を仰いだ。
 腹の底から彼の名を呼んだはずなのに、切れた息ではろくに声も出せなかった。ひゅう、と喉を過ぎる空気の音だけが虚しく響き、こめかみを嫌な汗が流れていく。一度大きく息を吸い込み、唾液を嚥下して喉を潤わせてから、タラーイェは空に向かって叫んだ。

「ウィーーン!」

 いつもなら、こんな風に呼んだりはしない。大抵は月の出た頃に、どちらともなく森の奥の泉に現れて逢瀬を楽しむ。声に出して呼ばずとも、タラーイェが会いたいと思えば彼は現れた。涼しげな風を纏い、若草色の髪を揺らして。
 ――そう、こんな風に。

「このようなところでなにをしている!? 早く戻れ、今は――」
「無事だったのね、ウィン! よかった……」

 鎧を纏った姿は見慣れていなかったが、身体のあちこちを触って怪我がないことを確かめ、そこでようやくタラーイェは胸を撫で下ろすことができた。ウィンガルドは困惑の眼差しを少女に向け、一度空に視線をやってその指先から風の鉾を放って降ってきた岩を粉砕した。砕けた欠片が彼女を傷つけないよう、覆い被さるように掻き抱いて身体を守る。


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