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「案ずることはない、嬢は無事だ。しばらく休ませてやれと言いたいのだが、この状況では難しいやもしれんな……」
「怪我は……」
「なに、擦り傷程度だ。嬢は実に強い。人の子にしておくには惜しいほどにな。嬢だけではなく、時渡りの子もおるぞ」

 シーカーがそう言うなり、もぞもぞとテュールが顔を出した。人化するだけの体力はないのか、きゅうと鳴いてルチアの胸元に腹這いになる。
 元気が有り余っているとは言えないものの、二人とも無事でよかった。その思いを込め、シエラは一人と一匹の頭を優しく撫でた。テュールが指先をぺろりと舐め、大丈夫だと言いたげに左右異色の瞳を瞬かせる。

「嬢は竜山よりここまで降りてきたようでな。いやはや、恐れ入った。そなたらは無事か?」
「ああ。私達は問題ない。――<聖鎖、聖縛をもってかの魔を捕らえよ!>」
「まったく、実にしつこい奴らだ」

 これではまともに話をする暇すら与えられない。次から次へと押し寄せてくるオークをシエラの法術が縛り上げ、指先から鋭い閃光を放つことで消し炭にした。焦げ臭い魔物の残骸をライナの聖水が清め、場ごと浄化する。

「このままではルチアとテュールが危険だな……」
「アラーマの僧院に避難させることはできませんか?」
「それならアタシが送るわ。今のところ、邪竜は竜の戦士達に夢中のようだから。戦闘空域に入らないよう飛んで行く。――大師も共に参りましょう。それくらいならスカーも問題ないでしょうから」
「分かった。頼んでいいか、レイニー」
「もちろんよ。……預かるわ」

 どこか気まずそうに声をかけたレイニーにシーカーは気にした風もなく微笑んで、抱いていたルチアの身体を彼女の腕に預けた。新緑の眼差しが慈しむような色を宿して二人を見つめ、「大丈夫か」と小さく呟く。そのときレイニーの眉間にかすかに刻まれた皺の意味を、付き合いのそう深くないシエラは掴みあぐねていた。
 二人の間に流れた奇妙な沈黙ですら、オークは許してくれなかった。下卑た笑声、そして雄叫び。頭上から響く竜達の咆哮に負けじと、地底の魔物達が押し寄せる。バスィールがすぐさま前に出て氷の槍を生み出し、唸り声と共にそれらをオークに向けて放った。手の空いたシーカーが、そんな氷狼の姿を見てしたり顔で頷く。

「相も変わらず美しいな、我が友よ。その姿を見られてなによりだ」

 古い友人というだけあって、シーカーはバスィールが氷狼だということを知っていたらしい。雪解けの暖かさを思わせる微笑みを浮かべたのち、彼は銅色の鎧を鳴らして腕を奮った。
 雷鳴が轟く。邪竜のもたらすそれよりも澄んだ音が鳴り響き、容赦なく魔物を刺し貫いていく。
 レイニーがスカーティニアの背に跨ったところで、腕の中のルチアがうっすらと目を開けた。

「お嬢ちゃん、気がついたの?」
「よか、った……。シエラ達、ぶじだった、んだね……」

 夜と同じ色の瞳でシエラを見つけ、ルチアは嬉しそうにはにかんだ。呼吸することすら大儀そうにしているのに、この子どもはまだ人の心配をするのか。なんとも言えない気持ちが湧き上がってきて、シエラは一度神言を中断して彼女に向き直るはめになった。

「それはこっちの台詞だ! ――レイニー、二人を頼む」

 言いたいことは山ほどある。
 苦しくはないか、怪我はしていないか。どこか痛むところは? テュールが一緒だったとはいえ、彼女は実質一人でこの騒ぎの中を彷徨っていたのだ。寂しくはなかったか。不安ではなかったか。そんな思いをさせてすまないと、そう言ってやりたかった。
 だが、今はゆっくりと話している場合ではない。一刻も早くルチアとテュールを安全な場所で休ませてやらねばならなかった。

「へ、き……。ルチア、だいじょー、ぶ、だよ。だから、ここに、」
「ルチア! 駄目だ、ここは危険だ。だからテュールと安全な場所にいろ」
「へーきだもん……。少し寝たら、元気になったよ」
「そうは見えないから言ってるんだ!」

 心配から声を荒げたシエラに、ルチアは今にも泣きそうに顔を歪めた。結界を張り巡らせるライナも、ほんの一瞬気遣わしげにこちらに視線を投げてきたほどだ。しまったとは思ったが、こういうときに限って素直に言葉が出てこない。「いいから行け」硬くなった喉からは冷たく聞こえる声が出て、自分でも嫌になった。



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