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「レイニー! 向こうは私達が!」
「ええっ、頼んだわ!」

 言い終わる前にバスィールは踵を返し、すでに動き出していた。シエラの意を完璧に汲んでいるが、オリヴィニスの僧侶が得意とする「心を読む」ような状態ではないらしい。
 風を切る勢いで駆け出したバスィールだったが、氷の華を散らす彼は数十歩進んだところで急に足を止めた。あまりに急な動きだったため、シエラとライナが揃って前のめりに倒れそうになる。ごちっと音を立ててシエラの背中にぶつかったライナが、痛みに呻きながらも周囲を警戒した。

「一体なにが?」
「ジア、どうしたんだ。これでは、」

 ――間に合わない。
 オークの集団は今にも壁を破らんとしている。その巨躯を惜しみなくぶつけ、すでに壁には亀裂が走っているのが遠目にも分かった。だが、それでもバスィールは先に進もうとはしなかった。
 痺れを切らして「進め」と命令しかけたそのとき、凄まじい轟音が空を割った。あまりの衝撃に身体が跳ねる。空から放たれた雷撃が壁を襲うオークらを貫き、盛大な爆発を引き起こして周囲のオークすら巻き込んでいく。
 ヴィシャムとフォルクハルトの攻撃かと思ったが、それにしては規模が違いすぎる。今の攻撃は、彼らの法術の数倍の威力を持っているように見えた。なにしろ大地は焼け焦げ、大きな穴が開いているのだ。ここまでの法術はいくら優秀な祓魔師でも行使できない。
 ぶわ、と勢いよく髪が煽られる。突然頭上に影が差し、はっとして見上げた先には巨大な竜の腹が見えた。邪竜かと身構えたシエラやライナとは裏腹に、背後でたまらずといった風体でアフサルが笑った。驚いて振り向けば、レイニーがぐったりと肩を落として脱力している。

「この竜は一体……?」

 ライナが呟くと同時、上空から巨大な竜が降りてくる。だが、地面に足をつけるまでは降りてこない。張りのある被膜の翼を広げて中空に浮かぶその姿は、溜息を吐きたくなるほど荘厳だった。日光を弾く鱗は銅(あかがね)色で、身体に見合った大きな瞳は澄んだ新緑の色をしている。ちらりとシエラ達に視線を投げたその竜は、向かってきた別の軍団に向かってまばゆい光線を放った。
 口から放たれた光線は辺り一帯のオークを焼き尽くし、一瞬で炭へと変えてしまう。銅の竜が力を使っているとき、その鱗は金に輝いて見えた。
 ばさり。一際大きな羽ばたきを終えると、竜は地上に降り立った。あれだけの体躯だ。着地と同時に大きな衝撃が来るだろうと予想して腕で顔を覆ったが、いつまで経ってもシエラの身体は強い風を感じない。それどころか大地の振動する気配もなく、何事かと訝りつつ顔を上げた。
 砂の大地に伸びる影を前に言葉を失うシエラの傍らで、レイニーが心底複雑そうな口調で呟いた。

「……この環境で、どうしてそんなに簡単に姿を変えられるのよ」

 雷撃により砂塵舞う砂漠の中、煙に紛れて立つ長駆がそこにある。見覚えのある姿ではあるが、銅色の鎧をつけた姿はこれが初めてだ。鎧といっても人間の兵士が身につけるものより遥かに簡素なもので、肩や手、膝下を覆う程度しかない。中に着込んだ衣服は黒地で目立つ装飾もなく、それゆえに鎧の色を引き立たせていた。
 癖の強い金髪を掻き上げた美丈夫が、シエラ達を見てにんまりと口端を吊り上げる。

「シーカー!?」
「シエラ、あれ! 見てください!!」

 ライナが血相を変えて指差したシーカーの腕の中に、赤葡萄酒で染めたような色の塊が見えた。もぞりと動くそれは人の頭だ。シーカーは脇に抱えていたその人物を横抱きに抱え直し、凱旋を思わせる堂々とした足取りで近づいてきた。
 近づくほどに、抱き上げられた人物が誰なのかよく分かる。逸るシエラの心を汲んでバスィールが氷の華を散らしながら大地を蹴り、あっという間にシーカーとの距離を詰める。

「ルチア! 大丈夫か!?」
「ルチアっ、ルチア! どうしたんですか、しっかりしてください!」

 腕を投げ出して目を伏せるその姿は、眠っているというより気を失っている様子だ。薄い胸が上下しているのを見てほっとしたが、それでも安心はできない。
 竜の国を追放された幼い少女は、一体どうやってここまで降りてきたのだろう。シーカーが助け出してくれたのだろうか。バスィールの背から飛び降り、シエラとライナは色の失せたルチアの顔を覗き込んだ。


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