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 変わる音、聞こえるでしょう。
 変革を求める声、聞こえるでしょう。
 神と、魔と、人と。
 ねえ、ほら、時は満ちた。
 傲慢な者から息絶えていく。
 ――貴女、誰に味方するの?



 暗がりの中、レティシアはある気配を感じ取って尖った耳をぴくりと動かした。洞窟内の天井から滴り落ちてきた雫が頬を伝い、冷たい水が肌に溶け込んでいく。燃え立つ炎気だけではなく、また新たな気配がこの地に降り立った。この黒鳥を捕らえてから、随分と面白いことが起きている。
 濡れた地面を踏み締めれば、冷えた空気が洞窟内を循環する。暗闇の中に明かりを放ち、囚われのお姫様を照らしだした。

「あらあらぁ……。あなたは随分と人気なんですのねぇ〜。また新しいお客さまがいらっしゃいましたわぁ」

 杭を撃ち込まれた翼がかすかに震え、力なく閉ざされていた瞼がゆっくりと開いた。血の気の失せた顔に疑念が浮かび、伺うようにレティシアを見る。
 有翼人は美しい外見を持って生まれる者が多いと聞くが、シンシアも例に漏れない様子だった。彼女の場合は純粋な有翼人ではないが、翼を持って生まれた種族であることには変わりがない。彼女のような幻獣と魔物の合いの子はひどく珍しく、レティシアでさえ実際に姿を見たのは今回が初めてだ。
 奇跡と呼ぶか異端と呼ぶかは人によるだろう。レティシアからすれば、彼女は異端でしかなかった。
 もっとも、ベスティアの魔女にかかれば、あの奇跡の子と名高い神の後継者でさえ異端の一言で括られてしまうのだけれど。

「困りましたわねぇ。このベスティアの地に、魔物はあまり必要ないのですけれど〜。本当に、ほんっとーうに困ってしまいますわぁ。それに、プルーアスのお客さまもいらしているようですの〜」
「なんで、そんなこと……。貴女はただの魔女だよね。なのになんで、そこまで……」

 掠れた声で問うシンシアに、レティシアはくつりと喉の奥を鳴らした。どうやら彼女は、魔女の力ではすべてを見通すことなんてできないとでも言いたいらしい。
 確かにそうだ。世界のあちこちに目と耳を持ち、すべてを見通すことができるのは神の領域だった。だが、その神とて完全ではない。神の領域とは言ってみたものの、すべてを知ることなど神ですら不可能だ。
 レティシアは決して全知全能の存在などではない。ましてや神でなどあるはずがない。シンシアの言うようにただの魔女でしかないが、僅かばかり他の魔女とは違うところがあった。

「うふふ〜。わたくし、一番の敵は“退屈”なんですの〜。ですから、ベスティアのあちこちに“目”を置いて、退屈しないようにしておりますの〜。このくらいのこと、ただの魔女にも容易いことですわぁ」

 己の目で見通すことができないのなら、代わりの目を置いてやればいい。同じく耳を。口を。そうして集め、広め、情報を武器に勝利を掴めばいい。レティシアが唯一信を置く人間にそう話すと、彼女は「貴女、随分と人間じみた考えね」と笑っていた。
 シンシアの瞳が歪む。翼と同じ漆黒の双眸は、闇に溶けてしまいそうなほど深いのに光を絶やさない。

「あんまり過信しない方がいい。貴女も所詮は混じり子。その力は、純血種には劣る」
「それはご自身のことを仰っておられるのかしら〜? それとも、クロードさまのお話?」
「クロードは関係ない!」
「黒い天使さん、あなた、クロードさまのお話となると、少しお馬鹿さんになられるようですわねぇ。それで本当に、ベル皇帝の愛玩動物(ペット)だったんですの〜? ――わたくしがなにも調べないと、そう思いまして?」

 ただ会話をするだけではつまらなくなってきたので、レティシアは戯れに一冊の本をなにもない空間から取り出してページを捲った。適当に空間を歪めて持ってきただけあって、中身は大して興味のない内容だ。だが、その分暇潰しにはちょうどいい。
 綺麗な字で綴られたそれは、ベスティアの地に古くから伝わるおとぎ話の類だった。城の塔に囚われたお姫様を隣国の王子様が助けにやってきて、紆余曲折の末に結婚する話だ。今となっては手垢のついた話だが、こういったよくある展開の方が人気が出る。

「なにを言っているの。そんなの、調べたところでなにも……」
「ええ。仰るとーり、アスラナのクロード・ラフォンの経歴には、なぁんにもおかしなところはございませんでしたわぁ。ですけれど、わたくし、すこぉし不思議に思いましたの〜」

 レティシアが手を離しても、本は地面に落ちることなくその場に漂い続けた。勝手にページが捲れ、どこか恐ろしさを感じさせる挿絵が描かれたところで止まる。お姫様を幽閉した悪い魔女を、王子様が剣で貫き殺す場面だ。


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