16 [ 652/682 ]
「シエラっ!」
「ライナ! 無事だったか!?」
「シエラこそ! 怪我はしていませんか!? なにか酷いことは……」
「大丈夫だから落ち着け、ライナ。この体勢では苦しい」
抱えていた僧衣をその場に放り投げて駆け寄ったライナは、随分と久しぶりに感じるシエラとの再会に感極まり、思い切りしがみついていたのである。腹這いになっているとはいえ、巨大な銀狼の背に跨ったシエラはかなり身体を屈めなければならなかった。その状態でぎゅうぎゅうと締めつけていては、確かに苦しかっただろう。
慌てて身体を離したライナは、シエラの首に似つかわしくない装飾品が填められているのを見て盛大に顔を顰めた。革の首輪には砕けた鎖の端が残っていて、今までどんな様子だったかを想像するには十分すぎるほどだった。
「本当に大丈夫だから、そんな顔をするな。それより、外の様子がおかしい。一度この城から出て――」
様子を見よう、と続けようとしたシエラの言葉は、最後まで続かなかった。
けたたましい音を立てて窓を突き破った人影が、ライナ達のすぐ前に転がり込んできたからである。
「――無駄だ」
黒一色の細身の鎧を纏った人影は、水色の髪を持つ竜王だった。以前見たときと服装が変わっているが、そこに意識を向ける余裕は誰にもない。
肩で息をしながら自嘲気味に唇を吊り上げた竜王は、窓の外に目を向けて言った。その頬に、一筋の赤い線が走っている。
「竜の結界が破られた。これよりオリヴィニスの地には魔が来たる。迂闊に出れば、命すら危ういぞ」
窓の外を見れば、遥か彼方に黒く渦巻く竜巻のようなものが見えた。稲妻を孕んだそれが、次第に近づいてくる。
「ノルガド様。邪竜確認。炎竜フロガ一族、飛翔しました」
「雷撃により、水竜の泉が壊滅的。ネロ負傷」
「汚らわしい地底の王がオリヴィニスに進軍中とのこと。――いかがなさいますか」
竜達が次々と窓から舞い込み、一瞬で人化してノルガドの前に膝をつく。彼らは皆一様に細身の鎧を身に纏い、全身から怒りと闘志を燃え上がらせていた。それでいて感情を抑え込んでいるのだから、気迫が違う。
シエラやライナだけではなく、フォルクハルトまでもが口を挟むこともできずに立ち尽くしていた。
人ならざる者らの――幻獣界最強種族と謳われる竜族の王が、冷ややかな視線を銀狼に据えた。
「狙い澄ましたかのような目覚め方だな、氷狼(ひょうろう)よ」
氷を纏った銀狼は応えない。紫銀の双眸をひたと竜王に見据え、ぴくりともしなかった。だが、彼が一歩でもシエラに近づこうものなら、すぐにでも銀狼は牙を剥くだろう。そう思わせるだけの張りつめた空気がそこにはある。
竜王は憎々しげに舌打ちし、黒い竜巻を見てぽつりと零した。
その声はどこか悲しげで、憂いを帯びたものでもあった。
「……堕ちたか、アネモス」
竜の国に、闇が迫る。
back(2016.04.06)