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「具合は」
「おかげさまで、もう十分回復しました。そろそろ国に戻ろうと思うのですが、ここはアスラナからどの程度の距離に位置しているのでしょうか」

 不思議と丁寧な口調を崩す気にはなれず、エルクディアはリシオルクに対して年長者を敬う態度で接していた。彼の方は態度など別段どうでもいいような様子だったが、助けてもらっておいて不躾な振る舞いをするほど育ちは悪くない。竜は竜でも、王都に現れた連中とはまったく別物であることは明らかだ。
 世話になったことを深く感謝し、洞窟を出るべく準備を整えていたエルクディアに、リシオルクは左右異色の瞳を細めて物言いたげな顔をした。彼は何度か背後を――洞窟の奥、細道の方だ――気にするそぶりを見せ、やがて溜息交じりに首を振る。

「エルクディア。そなたがアスラナに戻ることは、死を意味する」
「確かに危険を孕むことでしょうが、私はあの国に戻らねばなりません。それに、いつまでもここでお世話になるわけには――」
「ここはオリヴィニスにほど近い、水晶谷の洞窟。……この意味が、分からぬわけでもないだろう」

 どこか苦しげに吐き出されたその一言に、エルクディアは浮かしかけていた腰を再びベッドに落ち着けて嘆息した。
 ここは竜の領域だ。あのときどうして立ち去ったのかは分からないが、外に出ればいつ何時彼らに襲われるか知れたものではない。アスラナの精鋭騎士が数人がかりで立ち向かっても歯が立たなかったのに、万全ではないエルクディア一人で敵うわけもないだろう。
 それくらいは言われずとも十二分に理解していたが、だからといって、いつまでもここに籠城しているわけにはいかない。

「竜の危険が迫っていることは理解しています。ですが、私にはなぜ自分が狙われているのか分からない。彼らの言っていることも、目的もさっぱりなんです。対処のしようがありません」
「……すまない。それはおそらく、私のせいだろう」
「え?」
「エルクディア。……随分と大きくなった。まさか、再びあいまみえる日が来るとは思ってもいなかった」

 床に片膝をつき、リシオルクは懐かしむような瞳でエルクディアを見上げてくる。骨太の指先が伸ばされ、頬にゆっくりと触れてきた。
 突然のことに言葉を失くすエルクディアに構わず、リシオルクはその指先を滑らせていく。どくどくと音を立てる心臓の上でぴたりと止まった手のひらは、布越しの熱をしっかりと伝えてきた。
 どくん。
 その熱に応えるように、心臓が不自然に大きく跳ねる。自然と荒くなる呼吸はそれでいて苦しさを感じさせず、急な身体の変化についていけない感情がごちゃまぜになる。
 混乱を極めるエルクディアを見つめ、リシオルクは目元を優しく綻ばせた。

「そなたの中には、私がいる」
「ちょ、ちょっと待ってください……! 一体なにを言い出すんですか!」
「そなたがノルガドらに狙われる理由だ」

 触れられただけで焼けたように熱くなる胸が恐ろしく、エルクディアは後ずさるようにしてリシオルクの手から逃れた。仄暗い洞窟の中、揺れる蝋燭の明かりが二人を照らす。
 リシオルクの言葉は無駄な装飾がなく単純なものだが、端的すぎて理解するのが難しい。そもそもノルガドとは一体誰だ。おそらく竜の誰かだろうが、とにかく今はどうでもいい。与えられた情報を処理するのに手一杯で、頭が爆発しそうだ。

「私の竜玉は、そなたの中にある。この胸に。ゆえ、ノルガドはそなたを追う。――この力を求めて」

 言いたいことはたった一つ、「もっと分かりやすく説明してくれ」だった。
 人間、訳が分からなくなると簡単な一言も言葉にできないらしい。舌がなくなってしまったかのように黙り込むエルクディアに助け船を出したのは、彼自身でもなければ、リシオルクでもなかった。

「リシオルク、お前は相変わらず言葉が足りない。見ろ、困っちまってるぜ」

 すぐ近くで放たれた声に、エルクディアはぎょっとして顔を上げた。いくら目の前のことに気を取られていたとはいえ、これほど近くに人が来るまで気づかなかったとは。
 暗がりの洞窟に、炎に照らされた姿が浮かび上がる。ともすれば闇に溶けてしまいそうな褐色肌のその男は、銀の髪が星のようにきらきらと光っていた。


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