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「神の愛だ、姫神よ。ここには神の愛し子が眠る。氷の花咲く、水晶谷に」
「神の、愛し子……?」
「それを、我ら竜だけでいいというのに、狼ときたら……! 俺がそう言うと、いつもリシオルクは難しいことを言った。すぐに子ども扱いするくせに、子どもにも分かりやすく話そうという努力をしない奴なんだ。だから俺は、あいつの靴に……――」
「ノルガド? おい、神の愛し子とはなんだ。――おい! 寝るな!」

 竜どころか王らしさの欠片もなく、ノルガドはすうすうと寝息を立てて眠りの世界へと旅立ってしまった。残されたシエラは、酒臭い腕の中で渋面を作るより他にない。
 “はじまりの女神”に“白き御名の神”、そして“神の愛し子”。
 最初の二つが創世神を示すことは知っているが、神の愛し子とは一体なんなのだろう。
 訊ねたくとも、肝心のノルガドは叩いても揺すっても起きそうにない。これではシエラでも寝首を掻けそうな有様だが、その実がっちりと腰を抱く手は力強く、寝返りを打つことすら困難だ。

「氷の花……?」

 ――氷の花、咲かせて。
 そんな声を聞いたことがあるような気がして、シエラはしばらく首を傾げていた。


+ + +



 蒼い月が空を飾り、地表を照らす。
 星の光が見えるでしょう。月の傍で輝く星が。
 蒼い月はありえないだなんて、一体誰が言ったの。そこに確かに輝くのに。
 手を伸ばしても届かないその光に、一体どれほどの人が惹かれたのでしょう。

「私が愛しても構わないでしょう?」

 太陽のように輝く、金の光。
 蒼い月がくちづける。
 慈愛に満ちた微笑みが、金色(こんじき)の竜に向けられた。

「だって、あの子は私なのだから」

 蒼い月はそこにある。
 手の届かぬ先に、常に。


+ + +



 竜の調合する塗り薬がよほど優秀なのか、それとも身体に合っていたのか、エルクディアの傷は見る見るうちに回復していった。幸い骨には異常はなかったため、傷さえ塞がれば歩けるようになるのも早い。
 竜の牙に抉られた足は一部肉がごっそり削ぎ落ちていたものの、五日もすれば出血も止まり、新しい肉の盛り上がりがはっきりと見て取れるほどになった。
 筋を痛めているわけでもなかったので、痛みさえ和らげばもう問題はない。さすがにあれだけの怪我が短期間でここまで癒えたことは驚きだが、エルクディアの身体はもともと丈夫にできている。子どもの頃は、掠り傷程度なら半日もしないうちに綺麗さっぱり傷がなくなっていたくらいだ。生まれてすぐは医者にかかりきりだったらしいが、その反動で頑丈になったのだと笑って聞かされていた。

「……よし、もう動くな」

 エルクディアを助けた竜は、そう言葉が多い方ではなかった。彼自身のことについても、この現状についてもなに一つ詳しく話はできていない。
 僅かな明かりに照らされてうっすらと見える岩肌の天井を見上げ、エルクディアは寝台(ベッド)に腰かけた状態で溜息を吐いた。
 すぐにどこかへ姿を消してしまうため、リシオルクと名乗った竜と会話ができるのは、食事を運んできたときと、包帯を替える間の短い時間だけだ。そうして手に入れた情報によると、ここはオリヴィニスにほど近い峡谷らしい。リシオルクは決して饒舌ではなかったが、質問すれば答えを惜しむことはしなかった。
 オリヴィニス、そして竜。
 狙われた理由は不明だが、ここまでくれば自分が彼らの国に連れ去られる予定だったことは明白だ。そしてそこには、シエラ達がいる。あれほど凶暴な竜の巣窟に足を踏み入れた彼女達の安否が心配だった。
 だが、今のエルクディアは一介の騎士だ。アスラナという国に仕える立場であり、王都騎士団という集団を率いる大役を任されている。
 神の後継者の護衛としての一面ももちろん持つが、現在彼女を守る者は他に多数いる。エルクディアでなければならない理由はどこにもなく、固執するわけにはいかない。

「アスラナまでどのくらいだろうな……」

 歩けるようになったとはいえ、万全の調子ではないから相当な時間がかかるだろう。辺りの様子を探る限り、ここは峡谷というだけあって周りは深い山々に囲まれている。馬も期待はできないだろうから、ある意味これからの方が命懸けになりそうだ。
 どうしたものかと天井を仰いだエルクディアは、背後に気配を感じて振り向いた。暗闇の向こう。目が覚めた初日にはっきりと「この先は見るな」と釘を刺された細道から、リシオルクが姿を現す。


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