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 白く柔らかそうな喉元を優しく撫でてやると、甘えたように擦り寄ってきた。テュールより少し小さい程度だが、柔らかさはこちらの方が格段に上だった。
 孵化したばかりだというから、それも当然だろう。鱗の感触もほとんど感じられず、しがみついてくる指に備わった爪も、軽く針先が刺さった程度の痛みしかもたらさない。

「お前の子なのか?」
「否。どれも親は異なる。この場所が風竜の孵化には最適だった。それだけのことだ」
「親元よりもか?」
「風竜の卵は、雲よりも高い場所に吹く清き風と、強い陽光を必要とする。水竜ならば穢れなき美しい水を。炎竜ならば、鉄をも溶かす灼熱の炎を。必要とされるのは親ではなく、環境だ」

 淡々と説明しながら、ノルガドは自らも指先を浮かしたばかりの幼竜に近づけていた。
 相手を王と認識できていない小さな竜達が、その指先にかぷりと歯を立てる。それを叱るでもなく好きなようにさせたまま、竜王は小さく笑った。

「しかし、我ら竜とて親を乞う。孵化したばかりの幼体では、自力で生き延びることなどまず不可能だ。――見ろ、その緑はお前を親と思っているようだ。しきりに餌をねだっているぞ。乳でもくれてやれ」
「出せるかっ、そんなもの!」
「冗談だ。そもそも、我ら竜は乳など飲まん」

 くつくつと笑うノルガドに羞恥に引き起こされた怒りが湧いたが、同時に、竜でも冗談を口にすることに驚いた。いささか品のないものではあったが、シーカーも似たようなものだ。
 もっとも彼はノルガドよりもよほど好色な物言いをするし、認めたくはないがテュールとて目の付け所は似たようなものだ。ウィンガルドだって、人目も構わずタラーイェにくちづけていた。もしかすると、これが竜という種族そのものの気質なのかもしれない。
 かぷかぷと指先を甘噛みしてくる小さな竜の顎をそっと撫でてやりながら、シエラは深い溜息を吐いたのだった。



 完全に日が沈み、肉と果物が並ぶ夕食を平らげたあと、シエラはノルガドの私室にあるバルコニーに出て空を眺めていた。
 今にも降ってきそうな星空がすぐそこに広がっている。眼下は暗く、遥か彼方に小さな点が見えた。あれはおそらく麓の村の明かりだろうが、これでは地上よりも星空の方が遥かに近い気がしてしまう。
 手摺りにもたれてぼんやりとしていたシエラの首に、軽い振動が伝わってきた。振り向けば、酒杯を片手にノルガドがベッドに腰掛けて鎖を引いている。精悍な青年の容姿を持っているだけに様になってはいたが、元が竜だと思うと複雑だ。
 呼ばれるままに室内に戻れば、ノルガドは実に不思議そうに首を傾げた。

「姫神とは、皆こうなのか?」
「“こう”?」
「未だ人の身でありながら、竜に囚われても平然としている。もう少し騒ぐものだと思っていたからな。牢に捕らえた奴らのように」

 酒を片手にそう語り、ノルガドはシエラの瞳をまじまじと見つめてくる。
 一方で、シエラは彼の言葉に若干の安堵を覚えていた。ライナ達の神気は相変わらず感じ取れているし、なにより騒ぐだけの元気があるのならば安心だ。相手が誇り高い竜ならば、不当に痛めつけられている可能性も低い。

「お前からは、人形のような……いや、違うな。意思はある。だが、なにかがおかしい。妙だ。姫神とは、皆お前のような生き物なのか」
「私が知るわけないだろう。むしろこっちが聞きたいくらいだ」

 千年に一度生まれる神の後継者が今までに何人いたのか知らないが、今までの後継者達がどんな人物であったのかを知るのは不可能だ。
 お前は酔っているのかと詰りたくなったが、どうやらノルガドは真面目に言っているらしい。しきりに視線を動かし、シエラを観察している。

「そういうことなら、お前達の方が詳しいんじゃないのか? 竜は長命だろう。以前の後継者がどんな人間だったか、見たことある奴もいるだろうに」
「千年竜はさほど多くはない。少なくとも、この国にはいない」
「この国には?」
「ああ。千を生きた竜は、皆、国を出て行く。思い思いの場所で時を感じ、知を蓄える。ゆえに、ここにはいない」

 ノルガドが鎖を引く手に力を込めると、シエラの身体は簡単に彼の胸元へと倒れ込んだ。ベッドの脇に突っ立ったままでは不満だったのか、シエラを引き寄せた竜王が満足そうに口端を持ち上げている。


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