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 ライナ達と引き離され、一晩が過ぎた。仲間達になにをすると散々暴れ、怒鳴り散らしたが、竜を相手にどうにかできるものでもない。あっという間にシエラは首輪をつけられ、長く太い鎖に繋がれてしまったのである。
 竜王の私室に連れられてからも、真夜中過ぎまで声を張り上げていた気がする。おかげで声は枯れ、ひりつく痛みが喉を襲った。
 眠気もまだ身体に残っている。毛布を引き上げて二度寝しようと瞼を閉じたところで、ぐっと鎖が引かれて強引に頭が持ち上げられた。細い首に負荷がかかり、息苦しさに頭が霞む。
 顎を掴まれ、薄い皮膚の上を鋭い爪が掠めていく。

「俺は起きろと言った。言葉が通じないわけではないだろう?」
「私は触るなと言った。言葉が通じないのはどっちだ」
 
 近すぎて焦点の合わない距離でそう吐き捨てたシエラに、竜王はつまらなさそうに舌を打って手を離した。シエラからは距離を取ったが、鎖の先は彼の手に握られたままだ。
 改めて室内を見回すと、アスラナやホーリーのものとは様式の異なる建築美が前面に押し出された部屋であることが分かった。高い天井には丸い天窓があり、そこから青空が覗いて見える。舞台の照明のように部屋を明るく照らし、部屋のあちこちに飾られた彫刻を美しく際立たせていた。

「さて、食事だ。姫神はなにを食う? 牛も、馬も、羊も。何頭でも用意できるぞ」
「朝から肉なんて食べたら、間違いなく吐く。パンと果物でいい」
「なら果物だ。パンはない」

 柱に花模様が刻み込まれた豪奢な食堂に連れてこられたシエラの前に、大きな皿に盛りつけられた果物が現れた。見たこともないような色合いの、子どもの頭ほどもある赤い果実だ。ナイフとフォークは一応置いてあるものの、どうやって食べればいいのかも分からない。他にも、花がついたままのオレンジ色の果実、ぶどうによく似た果実など種類は豊富だったが、どれも食べ方が分からなかった。
 シエラの向かいでは、竜王が頬杖をついて食堂の隅を眺めている。そこには台車に乗せられた子羊が、今まさにただの肉塊に変えられようとしているところだった。短い断末魔を上げて絞められた子羊の腹が裂かれ、ぷんと血の臭いが濃くなる。
 切り分けられた生肉が皿に乗せられて運ばれてきたときには、シエラの眉間は深い峡谷のような有様だった。

「物言いたげだな。やはり肉の方がよくなったか?」
「いや。……竜のくせに、わざわざ解体して食べるのか」
「本来の姿であれば、あの程度一口で終わる。だが、毛や皮が口に残るのが不快でな。この姿なら、その点とても快適に食事ができる」
「私には、これ以上ないほど不快だがな」

 血に濡れた唇を布で拭い、竜王は近くにいた給仕の若い女――彼女も竜なのだろう――に「剥いてやれ」と命じ、シエラの皿にある果物を切り分けさせた。得体の知れない赤い果実は、皮を剥くと柔らかそうな実が覗いて甘く芳醇な香りを放っている。
 目の前の血の臭いを追い払うように一口含んでみると、今まで食べたことのあるどの果物とも違う不思議な甘さが口いっぱいに広がっていった。
 互いに食事で腹を満たす間、シエラは神経を研ぎ澄ませて周囲の様子を探った。気を静め、集中させればライナやヴィシャム達の神気が感じ取れる。ここは魔物の出現しない地だと聞いているから、彼らも意識的に解放しているのだろう。こうして互いの気を感じ取れる間は、少なくとも生存確認ができる。
 隙を見て逃げ出し、あとは彼らを助けてここから出て行けばいい。加護を受けることができないのは残念だが、いつまでもここで飼われるつもりなどなかった。
 食事が終わると、竜王はシエラを中庭へと案内した。伸びる鎖を見ていると、犬というものは随分と寛容な生き物だと感心する。

「随分と大人しいな。なにを企んでいる?」
「なにも。抵抗したところで、力では敵わない。無駄なことは嫌いなんだ。――それに、こういうのは初めてではない」

 足下で揺れる大きなオレンジ色の花が目を引き、そっと屈んで花びらを撫でる。竜王の影がちょうどシエラにかかり、眩しすぎるほどの日光を遮る形となっている。

「初めてではない?」
「ああ。どうやら神の後継者というものは、捕まえておくとなにかいいことがあると思われているらしい。今までにも何度かこういうことがあった」
「しかし、竜に囚われたのは初めてだろう」
「いや、……ああ、違う。そうだ、これが初めてだな」

 本物の竜に、囚われたのは。

「お前、名は? こんな状況になってまで、お前を“陛下”だなどと敬う気はさらさらない。お前呼ばわりが嫌なら教えろ」
「口が過ぎるぞ」

 鎖を引いて強引に立たせてきた竜王に、シエラは金の目を細めて真正面から向かい合った。
 青空と同じ、水色の髪がシエラの蒼い髪と混ざり合う。雲の上に吹く風は強く、けれど花を散らすほどではない。


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