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「……本当に、陛下の意思だけですか」
「分かってんなら聞くなよ、めんどくせーな」
「マルセル王ですか? それとも、まさか……シルディが?」
だとすれば許さない。
激しい怒りに滲んだ涙が、知らず知らずの間に頬を伝う。
シルディとは常に対等を望んでいた。彼もそうだと思っていた。互いに尊重し合い、共に歩んでいくことができるのだと、そう思っていた。
身体に気をつけろと言ってくれるのはいい。心配してくれるのもいい。守ってもらうのだって。
だが、“これ”は違う。国すら巻き込み、ライナ本人には知らせずに周囲に脅しをかけるような真似は、心配の域を越えている。
守られていることすら知らなかった。怪我をしないよう、“文句を言われないよう”知らず知らずのうちに守られる生活など、これでは道化のようだ。
そんな真似をすると知っていたなら、婚約発表などしなかった。――いいや。そもそも、婚約すらしなかった。
「あのお二人は貴女を守りたいはずだから、そうだと言えなくもないが……」
「はっきり言ってください!」
「――レンツォ・ウィズ」
言葉を濁したヴィシャムの代わりに、フォルクハルトが冷ややかに告げる。
しばらくは耳にすることもないと思っていた、薔薇色の秘書官の名を。
「形に残る一切の記録はねーよ。けど、交渉の場に立ったのはあいつだ」
「……普通、あっさり言うか?」
「言わねぇといつまでたってもるっせーだろ、こいつ。口止めされた覚えもねぇしな」
「それもそうか。――ま、交渉には俺達も同席していたが、実に見事だったよ。直接的な言葉は一切なく、けれど確かにほのめかしてきた。貴女に万が一のことがあれば、それは同盟違反にも匹敵するとね」
「あの男っ……!」
どこまでも涼しい顔をした、眼鏡の男。
目的のためなら敵も味方も関係なく欺き、手のひらの上で踊らせる。天才的な手腕を持つ文官としてホーリーだけではなく国外の要人にも知られているが、ライナは昔から彼とは相容れそうにはなかった。
彼がシルディに忠誠を誓っていることは知っている。ホーリーでの一件以来、それが信用にたるものだとも理解している。彼はシルディを裏切らない。だが、いくらでも利用してみせるだろう。ホーリーの未来のためならば、きっと。
「これで分かったろ。お前になんかあったら俺達の首まで飛ぶんだ、ちったぁ大人しくしてろ」
「そういうわけなんだ。だから解決策が見つかるまでは冷静に頼むよ、“お姫様”」
このことを、シルディは知っているのだろうか。
アスラナやエルガートを揺るがす立場となってしまったことを、自覚していないわけではなかった。だが、こうもあからさまに仕掛けられるとは思っていなかったのだ。レンツォを詰ったところで、彼はそんなライナを浅はかだと笑うだろう。ライナ自身、己の認識の甘さに反吐が出そうだった。
決意が宿る。
ここがどこだろうが、もはや関係ない。
必ずや無事に帰国し、ありとあらゆる力を駆使してあの男を目の前に引き立て、澄ました顔に一撃をくれてやる。
夜に染まった闇の向こうで、星の光が闘志を燃やすライナをじっと見つめていた。
+ + +
貴女のもの。
貴女だけのもの。
そう思ってしまえばいいのに。
+ + +
自由を奪われるのは大嫌いだった。
それは、物心ついた頃から変わらなかったように思う。自由とはなにかと真正面から問われれば、上手く言葉では返せない。身体の自由か、思想の自由か。とにかく、制限されたと感じた途端に嫌悪感が満ちた。
蒼い髪を見るたびに、強い閉塞感を覚える日々だった。湖に沈められたかのように息苦しく、窮屈で、どこまでいっても“自由ではない”。神の後継者という名や立場に縛られ、どんどんと自由が奪われていく。
そんな日々が嫌だった。考えても仕方のないことを考えるのも嫌いで、楽な方にばかり流れてきた。王都に渡ったのもそのためだ。国のために働くつもりも、世界を守る使命感に燃えていたわけでもない。
だが、窮屈な暮らしの中に光を見た。陽だまりの中に、確かな自由があった。
――今はもう、どこか遠くで凍りついてしまったけれど。
「日はとうに昇ったぞ。起きろ」
「――触るな」
「ふん。騒いでいたのは最初だけか。諦めが早いのか、それとも薄情なのか……。お前はどちらだ、姫神よ」
頬に伸ばされた手を払いのけ、動くたびにじゃらりと鳴る鎖の音にシエラは眉を寄せた。巨大な寝台の上で身体を起こし、窓から差し込む朝日を浴びる。とろとろとした不思議な肌触りの敷布は寝心地がよかったが、首に填められた革の感触が不快で深くは寝付けなかった。