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「ギャンギャンるっせーな……。テメェが暴走すんな、鬱陶しい! いつも通り優等生してろよ!」
「でもシエラがっ」
「黙れ! テメェに怪我させるわけにゃいかねぇんだよ!!」
「え……?」

 声を荒げた直後にフォルクハルトが己の口を手で覆ったが、外の明かりが失われつつある室内では、ライナからは見ることはできなかった。
 鋭い舌打ちと沈黙が、不自然に辺りを支配する。

「フォルト、落ち着け。お前まで熱くなってどうするんだ。――ライナ、貴女も少し落ち着いて」
「……ただ心配してくださっての発言、ではなさそうですね。どういう意味ですか」
「純粋に貴女の身を案じているから、とは思っていただけない?」
「ええ、残念ながら。バスィールさんに誓って言っていただけるのなら、話は別ですが」

 真偽を見極める目を持つオリヴィニスの高僧は、己の名が出されてもなお瞑想の姿勢を崩そうとはしなかった。
 ライナの眼差しに火が灯る。暗闇の向こうで蠢く影は、きっとフォルクハルトのものだ。

「たっく……お前のせいだぞ、フォルト。この馬鹿犬」
「るっせー、黙れクソ虎」
「それで! どういうつもりなんですか」

 もはや詰問とも言えるライナの問いに、ヴィシャムが肩を竦めて「降参だ」と笑った。

「なにも難しい話じゃない。ただ、貴女を守るようにと言われているだけだ」
「わたしを?」
「理由なんざ聞くなよ。わざわざ言わなくても分かるだろ? お前は、“クレメンティア・ライナ・ファイエルジンガー”だ」

 面倒臭そうに吐き捨てたフォルクハルトが、ライナを睨むように一瞥したのが見えずとも分かった。
 その名が意味することに思い当たり、様々な憶測が頭を駆け抜ける。そしてそれらの大半が、間違いのない事実なのだろう。
 握った拳が、ふるりと震えた。

「エルガートの公爵令嬢ってだけなら、まだよかったんだ。ここで神官なんざやってんのはお前の意思だからな。たとえ死んでも問題にはしねぇっつー書類に、公爵も署名してるらしいし」

 その件に関しては知っている。ライナ自身も署名したのだ。
 聖職者として過ごす過程でどれほど危険な目に遭い、手足や命まで奪われようと、アスラナにはなんの責任も求めない――と。

「けど、今度のはマズイ。お前、クソめんどくせー肩書きが一個増えちまったろ。あれが最初から決まってたっつーんなら、あの書類にファイエルジンガー公爵があっさりサインするわけだ」

 とんだ策士だと呟く声が岩牢に響く。
 外から差し込む光は徐々に少なくなり、日が沈んだのか夜鳥の鳴き声が漏れ聞こえてくるようになった。それでもまだ、食事係は現れない。
 話を聞くうち、ライナの脳裏にあの美しい海が浮かぶ。アスラナのどの海よりも美しいと感じる海。真っ白な砂浜に足跡を残して駆け抜けていく少年の笑顔。蹲るライナの顔を上げさせ、手を引いてくれたのは彼だった。

「エルガートの公爵令嬢ならともかく、“ホーリーの次期王妃”になにかあっては困るんだよ。たとえ貴女が、貴女の意思でそれを良しとしようとも。今の状況で、あの国に『なにがあっても文句言うな』なんて書状を届けるわけにはいかないし、なによりサインしてくれるはずがない」
「ですがっ、シルディなら理解して――」
「お前馬鹿か? あの国の王さんはマルセル・ラティエだ。仮に第三王子が明日即位したとしても、ホーリーっつー国は国王一人の意思で動いてんじゃねぇだろ。ま、独裁を強行するっつーんなら話は別だが」
「今回の処置は我らが陛下のお望みでね。貴女の身の安全を守りつつ、神の後継者の手助けをする。――ひいては、アスラナの未来のために」

 二人の祓魔師が同行する理由が、ここにきてやっと分かった。彼らはあろうことか、シエラを“ついで”に守っていたのだ。
 手のひらに爪が食い込む。何度この拳を握り締め激情をやり過ごしたか、もう数えることもできなくなっていた。零れた吐息は熱く、どこか重い。暗闇に向かって、ライナは静かに問いかけた。


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