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「しかし……、そんなものを近くに置くのは、竜達だって気持ちのいいものではないだろうに」
「竜は理を重んじる。彼らを戒め、律するものは数多い。裁きが下るまで、ここに捕らえる必要があるのだろう。竜にとって、力を抑えられることは最も屈辱的な罰でもある」

 竜の宮殿はオリヴィニスの大工が建てたと言っていた。ならばこの牢も、かつてのオリヴィニスの民が築いたのだろう。

「封じるっつーが、竜は本来“竜”だろ。人化してる方が力使うんじゃねーのか? だったらここに入りゃ、竜に戻る方が自然だろ」
「竜に限らず、人化には力を要する。しかし一度習得すれば、あとは呼吸するほどに容易い」
「はぁ? つまりどーいうこったよ」
「姿を保つことは苦ではない。竜から人、人から竜。姿を転じる折に力が必要となる。ゆえ、人化した状態でこの牢に入れられた幻獣は、本来の姿に戻ることは困難だ」

 さすがは竜の国の下で暮らすオリヴィニスの民だ。竜のことに詳しい。
 しかし、入れば力を封じられることが分かっているのなら、大人しく人化したまま捕まる竜はいないのではないか。そう問えば、バスィールはまたしても淡々と答えた。
 竜には竜玉が存在する。それは力の源であり、彼らにとっては心臓と同等、あるいはそれ以上に重要な部位だ。唯一の弱点とも呼ばれ、傷つけられれば命にもかかわる。竜は己の竜玉を体内に隠し持っているが、力ある竜には相手の竜玉がどこにあるかすぐに見破られてしまうらしい。
 だが、人化した場合、その場所は力ある竜にさえ分からなくなる。たとえ幾千の竜を従える竜王の目にも分からない。
 竜同士の争いでは、互いの竜玉を狙う。罪を犯し、他の竜に追われる身となった場合、竜玉を守るべく人化するのは自然の道理らしい。だとすれば、竜王が率先して人化し、この宮殿で人間さながらの暮らしを送っていることにも納得だ。

「……ということは、ここにやってくる竜は力を使えないというわけですか」
「竜が本来持つ、幻獣としての力という意味ならば」
「どうしてそれを早く言ってくれなかったんですか!」
「随分と不思議なことを言う。私は問われた覚えはない」

 さも当然だとばかりに言い放つバスィールに、再びぐつりと感情が湧き上がりそうになるのを懸命に押さえ、ライナは目の前の鉄格子をぎゅっと握り締めた。
 床の穴から覗く光は橙色に染まりつつある。もうじき、夕食を届けに誰かがやってくる頃合いだ。

「ヴィシャムさん、フォルクハルトさん。なんとかして、鍵を奪えませんか」
「え?」
「は?」
「ここなら竜にだって敵うはずです! 幸い精霊の動きに問題はありませんし、なんとかして――」
「なんとかって、どうするっつーんだよ。思いつきで物言ってんじゃねーぞ」
「でも!」
「できることとできねぇことくらい見分けつけろ、ガキ!」

 フォルクハルトに怒鳴りつけられ、浮かしていた腰が再びぺたりと尻餅をついた。石の冷たさが身体の芯まで冷やしていく。
 凍える身体の中で、唯一熱が生まれたのが目の奥だ。目頭が熱い。零れた雫が剥き出しの膝に落ち、透明な線を描いて垂れていった。

「……あの子に、……シエラになにかあったら、どうするんですか」
「あ? 聞こえねぇ」
「シエラになにかあったらどうするんですか! 相手は竜です! なにをされるか分からない!」

 囚われて、自由を奪われて、恐怖を喉元に突きつけられる。
 そんな経験を、そう遠くはない昔に味わった。ライナの場合、相手は人間だった。ライナにとっては魔物よりも遥かに恐ろしい相手ではあったが、それでも確かに同じ人間だった。監禁された場所も馴染みのある場所だった。誰かが必ず助けに来てくれるだろうと、絶望の中で僅かな希望を抱いていた。
 だが、ここは違う。
 一度も訪れたことのない異国で、相手は竜で、助けは望めない。
 この手でシエラを救い出さなければならないというのに、それすらままならない状況が嫌になる。
 なにより、今のシエラを独りにするのは不安だった。言葉では上手く説明できないが、あの子は変わってしまった。だからこそ、傍を離れることが怖い。


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