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 どれほど抵抗しても無駄だった。腕自慢のフォルクハルト達ですら、竜には敵わなかった。シエラだけが竜王の手元に残され、ルチアとテュールはウィンガルドによって外へと連れ出され、そして残るライナ達はこの冷たく暗い岩牢に押し込められたのである。
 寝るための寝台も小さな机一つなく、明かりを入れる燭台もない。昼間でも夜とさほど変わらぬ暗さだ。
 部屋の隅の床には小さな穴が開いていたが、拳二つ分ほどの大きさで、汚物を捨てるための穴だった。到底脱出用には使えないし、仮に穴を広げて抜けられるような大きさにしたとしても、そこから見えるのは眩暈がしそうな崖下の風景だ。翼など持たない限り、落ちれば死ぬに決まっている。
 投獄の際に男女を分けるという思考を持つことにヴィシャムは驚いていたが、連行されてすぐのライナには不都合にしか感じなかった。これでは、力任せの脱出がさらに困難なものになるからだ。あとから思えば、その点と、この暗さには助かったと思わなくもなかったが。
 ヴィシャム、フォルクハルト、そしてバスィールの三人は同じ檻の中に幽閉されている。それがちょうど真向かいの場所にあるが、幅広の通路のせいでどれほど手を伸ばしたところで指先が触れ合うことすらできそうにもなかった。それどころか、薄暗いせいで満足に顔すら見えやしない。
 ライナの胸を渦巻くのは、途方もない不安感だった。竜王に腕を掴まれたシエラは、今頃一体どうしているのだろう。穴から見える外の様子で、もうすでに二日が経過していることが伺える。
 あの子は無事だろうか。外に連れ出されたルチアとテュールは。
 捕らえられた理由も、シエラと引き離された目的も分からない。
 蹲り、やるせなくなって地面に拳を打ちつけたライナに、向かいから窘めるような声がかけられる。その八割がヴィシャムで、残りの二割がフォルクハルトのものだった。
 本当にバスィールもいるのだろうかと存在を疑いたくなるほど、彼の気配はない。その静かさに、八つ当たりと名のつくであろう苛立ちが込み上げてくるのもまた事実だった。
 彼はシエラを守るためにアスラナまでやってきたのではなかったか。それなのに、今はあの子の傍を離れてこうしてむざむざと捕まっている。
 竜の国がオリヴィニスにあると言ったのも彼だ。オリヴィニスは少なからず竜と関わりがあるはずで、こんなことに巻き込まれる可能性があるのなら、そう事前に言っておくべきではなかったのか。
 油断すれば口をついて出そうになる数々の不満を、ライナは鉄格子に額を押しつけてなんとか飲み込んだ。耳元を飾る青い耳飾り(ピアス)に触れ、心を落ち着かせようと深く息を吸う。
 人間の力では抉じ開けられないだろう鉄格子の頑丈が恨めしい。竜であれば容易く曲げてしまえるだろうに。
 そう思った途端、はっとした。

「……おかしくありませんか」
「あ?」
「この牢です。多少の広さはありますけど、でも、天井の高さといい、鉄格子といい、明らかに“人間用”です。竜ならこんな檻、すぐに壊して脱出できるでしょう。竜の国に、どうして人間用の牢屋があるんですか」
「確かに。でも、人化した状態で閉じ込めておくためでは?」
「中で竜化されたら、同じことではありませんか」

 過去、同じようにここに囚われた人間がいるのだろうか。

「この牢は、人間用ではない。罪を犯した竜を封じるための場所だ」

 薄闇の中から声が響いた。
 ライナからはよく見えないが、向かいの牢の中でバスィールは冷たい石床の上に胡坐を掻き、ぴんと背筋を伸ばしたまま微動だにしていなかった。今も目を閉じたまま、瞑想でもしているかのような様子だ。
 星の光のような不思議な色の瞳は、瞼の奥に秘されたまま表に現れない。

「ですが、竜に壊せないほど頑丈な檻には思えません」
「いかにも。竜本来の力なれば、容易かろう。しかしこの牢には、幻獣の力を封じる石が使われている。人間と比較すれば遥かに力はあれど、いかな竜とてここを破ることはできまい」
「幻獣の力を封じる石……?」
「オリヴィニスに古(いにしえ)より伝わる鎮めの石。オリヴィニスの大地にのみ眠るとされている」

 バスィールの声に熱はなく、ただ平然と事実を告げただけのようだが、ライナ達にしてみれば雷に打たれたかのような衝撃をもたらす話だった。幻獣界最強種族と名高い竜の力さえ封じることのできるものがあるとすれば、世界中の狩人達が黙ってはいないだろう。


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