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「なんだ?」
「……いいえ、なにも。それより、ウィンガルドさん。お約束通り、竜の国へ案内していただけますか」
「それが我が小さき太陽の望みだ。我らが領域にかような者らが踏み入れると思うと、吐き気しかしないがな」
「また大鳥に乗るのー?」

 竜王のいる宮殿は、麓の村のほぼ上空と言ってもいい場所にある。あそこへ戻るためには再び大鳥に乗っていくしかないのかと問うたルチアに、ウィンガルドはあからさまに嫌悪感を露わにしつつも眉間にしわを寄せるだけで済ませた。

「否。火球にて撃ち落とされたいのであれば、別段止めはせんがな。――この森の奥に抜け道がある。そこから山へ抜け、登って行け」
「登るだ? オイ、まさかテメェ、この山を登れっつってんのか?」
「他になにがある」
「それができりゃ、はなっからテメェになんぞ頼ってねぇんだよ! こんな断崖絶壁、女子どもがいる状態で登ってられっか!」

 竜と知りつつ噛みつくフォルクハルトの危なっかしさと度胸にハラハラさせられるが、彼の言うことはもっともだった。
 連なる山々は険しく、切り立った崖に等しい。雲の上に広がる地まで、人の足では到底辿りつけそうにないのだ。だからこそ大鳥が交通手段となっているのだろう。抜け道とは言っても、緩やかな斜面を行くのとは訳が違う。
 本当は案内する気などないのでは、とフォルクハルトが唸るのも無理はなかった。

「これだからヒトは……。サルの方がまだ賢しいぞ」
「なんだと!?」
「フォルクハルトさん! ――つまり、なにか手があるということですか?」
「ここで話していても上には行けぬ。来るか来ないか、好きにしろ」

 言うなりさっと踵を返してしまったウィンガルドの背を、シエラは反射的に追っていた。踏み出した足裏が草を踏み、小石を磨り潰し、生命の息吹を伝えてくる。振り向いてライナ達を促すと、一同は気難しい竜のあとに続いた。
 絡み合う蔦が蔓延る森の中、ウィンガルドは一切歩調を落とすことなく進んでいく。途中には道と呼べるものがない場所も存在したが、そんなものは竜には関係のない話なのだろう。ふわりと飛び上がって乗り越え、彼はどんどんと先を行った。
 身軽なルチアは不安定な足場でも難なく進んでいくが、シエラやライナはそうはいかない。ただでさえ、ついていくだけで息が上がるのだ。徐々に傾斜も激しくなり、森というよりは山中にいるような感覚だった。
 地盤が崩れて飛び石状態になった足場をどう進むかと考えていたシエラの鼻先を、夜に咲く花の甘い香りがくすぐった。それだけで十分だった。

「――ジア」
「失礼いたします、姫神様」

 呼べば、腰に熱が触れた。逞しい身体がシエラを抱き上げ、太い首筋に手を回せば軽やかに視界が上下する。重たげな錫杖を持ったまま容易くシエラを抱えて運ぶバスィールは、僅かな呼吸の乱れもなかった。
 木漏れ日に照らされた金褐色の肌が、なめし皮のそれよりもなお美しく輝いて見える。乱れた銀の髪をそっと掬って耳にかけてやり、礼の代わりにその頬に祝福を送る。
 唇が離れると同時、シエラの足裏は再び地面を踏んでいた。
 ライナもシエラ同様にヴィシャムに抱えられ、難所を乗り切ったようだ。自力で渡ったルチアが「ずるーい」と唇を尖らせたが、探検気分の彼女にとっては文句を言うよりも、先に進む方が魅力的だったらしい。誰よりも先にウィンガルドの背を追いかけ、飛び跳ねるようにして道なき道を進んでいく。
 しばらくすると、急に日差しが強くなった。頭上を覆う木々がなくなった代わりに、眼前には断崖が聳えている。足場などは一切なく、太く頑丈そうな蔦は垂れ下がっているものの、これを伝ってよじ登れと言われても不可能だと答えるしかない。頂上は雲に隠れて見えず、迂回するだけの体力もあまり残されていなかった。

「それで? ここからどうすればいいんだ。私達では、この崖を登ることはできそうにもない」
「……これも我が愛しき太陽の頼み。私の黄金の光に感謝することだな。ここからは、私が引き受けよう」

 気乗りしない不服そうな表情のままだったが、ウィンガルドはシエラ達に一ヶ所に集まるように命じた。
 互いの手が今にも触れ合いそうなほど近づくと、シエラの神父服の裾がふわりと捲れ上がった。白く透き通るような太腿が光の下に晒される。咄嗟に押さえようと伸ばした手を、バスィールがそっと掴んで制した。
 疑問に思う暇もない。


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