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*第33話


 凍てついた氷の柱。
 そこに眠るのは、貴女の愛し子達。

 愛したのなら、凍らせて、閉じ込めて。
 そうすればほら、また逢える。
 何度も。何度でも。

 だから愛して。
 月影に隠した花、探して。



月影廻る竜と花



 警鐘が鳴り響く中、露台(バルコニー)からクラウディオ平原を眺めていたユーリは驚愕の表情のまま凍りついていた。端正な顔立ちからはすっかり色が消え失せ、薄く開いた唇の隙間から言葉にならない吐息が漏れる。
 雪解けを促す春の日差しに包まれた青空に、大きな影が刻み込まれていた。本来ならば列をなす鳥の影が彩るそこは、今や巨大な侵略者に蹂躙されている。
 小山ほどもあるそれが、凄まじい咆哮を上げながら徐々に遠のいていく。

「なぜ、竜が……」

 ユーリの独り言に応えられる相手など、この場にはレイニーしか存在しえない。しかし、情報をもたらしたはずの彼女は苦しげに眉を寄せるばかりで、それ以上なにかを言おうとはしなかった。
 青々とした草原に火が上がる。耳を劈くその声に、城下の人々はさぞ騒然としていることだろう。
 雨涙の魔女が竜の襲来とエルクディアの危険を告げに来たことにより、会議の間は混乱を極めた。すぐそこに迫る竜の脅威に、高官達は今にも泡を吹きそうなほどだった。その場に居合わせたオリヴィエをすぐさま平原へと向かわせたが、遠目にも“桁違い”だと分かる存在に人間が敵うとは思えない。
 竜が飛び去るのを見届けたユーリは、力の抜けそうになる膝を叱咤して室内へと戻った。一体どういうことだと騒ぐ高官達を黙らせたところで、オリヴィエが戻ったとの知らせが入った。
 兵士に支えられながら会議の間にやってきた彼は、まるで激戦地で三日は過ごしたような有様だった。髪は乱れ、肌は傷つき、服には焼け焦げたような跡が随所に見られる。
 後に続いたフェリクスやサイラスも似たような状態で、誰もが疲弊しきっていた。大きな戦があったわけでもないのに、優秀な騎士達が肩で息をしている。
 下級兵士が差し出した水を奪うように一杯飲み干したのち、オリヴィエは眼差しの光をより一層鋭くさせて言った。

「陛下、――総隊長殿が、竜に連れ去られました」
「なに?」
「連れ去った場所も目的も不明ですが、奴らは『裁きにかける』と言っていました。そこの雨涙の魔女に関しても、なにか言っていたように思います」
「あいつら、ボウズが――エルクが、竜だなんだって言われてんのが気に入らねェらしい。裁きっつーのはその件に関してだろうよ。連れてったくれェだから、すぐにゃ殺さねェだろうが……」

 切れた唇の端を押さえたフェリクスに、自嘲の笑みが浮かぶ。

「あいつら、人の話なんざ聞いちゃいねェぞ。――時間がない。なんか知ってんなら吐け、魔女さんよ」

 この場には多くの高官達がいるというのに、満身創痍の男達にはその姿が見えていないようだった。近寄りがたい気迫を全身から放ち、他者の介入を許さない。
 言葉でレイニーに詰め寄るブラント兄弟の背後では、サイラスが静かに剣の柄に手をかけて腰を落としている。いつでも斬りかかることが可能なその体勢に、殺気を向けられたレイニーよりもユーリの方が焦りを覚えた。
 人形のように立ち尽くす雨涙の魔女を背に庇いはしたが、詳細が知りたいのはユーリも同じだ。

「……まさか、こんなに早く来るだなんて思ってもなかったのよ」
「それはどういうことかな。君は、この事態を予見していたとでも?」
「あの子を狙うとは思ってもなかった! てっきりアタシの方だと、そう思って……」
「つまりお前は、この城を危険に巻き込む恐れがあると知りながらここに来たというわけか」

 オリヴィエの声が、冷淡にレイニーを嬲る。

「……そうね。結果的にはそうなる。その点に関しては、言い訳のしようもないわ。けれど、これだけは理解してちょうだい。そのときはアタシだけで解決するつもりだった。ここに来たのは、彼らからしばらく身を隠せるからよ。けれど見つかったときは、すぐに出て行くつもりだった!」
「事実、こんなことになってンだろうが!」
「分かってるわよ!!」
「開き直ってる暇があンなら、さっさと奴らの居場所を吐け!」




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