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「我らはヒト族よりも血を重んじる。血の繋がりは力の繋がり。我らと我らの世の理が生み出した、覇者としてのあるべき姿。――血の在り方も知らぬ犬風情に、我らを名乗る資格はない」

 一陣の風が吹き抜けると同時、エルクディアとフェリクスの上にふっと影が差した。耳を塞ぎたくなるような咆哮が轟き、大きな羽音が風を生んで砂を巻き上げる。本能的な恐怖が身体を支配し、馬が落ち着きなく声を上げる。
 地面を振動させながら降り立った巨大な竜の姿に、二人は今度こそ命の危機を自覚した。
 たとえようがないほど大きな口に、鋭い牙がいくつも並んで見える。フェリクスの大剣が子どもの玩具に見えてしまうほどの爪が掻き鳴らされ、エルクディアらの身体に狙いを定めていた。
 竜が滑空する。フェリクスを馬上に引き上げるべく腕を伸ばしたエルクディアの頬を、凄まじい衝撃が嬲った。ニコラが嘶き、身体が宙を舞う。落馬の衝撃で平原を二転三転し、痛みによって目の前に星が散った。
 瞬時に身体を起こしたエルクディアは、眼前に広がる光景に目を疑った。地に降りた竜の爪が深々と地面を抉り、おぞましい爪痕を残している。
 人型のままの二匹の竜が、不快そうに眉を寄せていた。その視線の先にいたのは、エルクディアにとっても見慣れた姿だった。

「おまっ、オリヴィエ!?」
「はいはーい! 俺もいますよ、たーいちょ!」
「サイラス!」

 彼らは馬ごと体当たりをし、エルクディアらを竜の一撃から間一髪で救ったのだろう。
 オリヴィエの隣では、サイラスが明るい笑顔でひらひらと手を振ってきた。こういう状況でも場を和ませる力を持つサイラスに、強張っていた全身の力がほどよく緩んでいく。

「サイラス、なんでここに?」
「レイニーさんに言われたんっすよ。そーたいちょーが危ないからって。まさか、うちのたいちょまで巻き込まれてるとは思わなかったっすけど!」
「レイニーが? 彼女がなにか知っ、」
「――話をしている場合ではないようですよ、総隊長殿」

 繰り出された鉄爪の一撃を払いのけ、オリヴィエが言う。
 レイニーの名に、竜達の放つ殺気はますます高まった。理由を問いたくとも状況がそれを許さない。
 雨涙の魔女は、この竜の襲来を予期していたとでもいうのだろうか。
 痛みさえもたらす気迫の渦の中、騎士達は退路を確保すべく神経を研ぎ澄ませることで精いっぱいだった。

「やはりかくまっていたか」
「は?」
「裏切りの連鎖はどこまでも。その忌まわしき鎖は断たねばなるまい。――まずはお前からだ」
「ちょっ、これやばくないっすか!? さすがに全員竜化されたらキッツ、」

 小山ほどもある竜が翼を広げ、空を覆う。
 その口から放たれた炎がエルクディアらの周りに円を描き、炎の牢獄を作った。熱風が肌を焼く。燃え上がる炎の壁が邪魔をして、外の様子がまったく伺えない。剣圧で炎を薙ぎ払おうにも、瞬く間に燃え広がるその速さには敵わなかった。
 万事休すか。ここで優秀な部下を三人も失うのか。
 炎の壁を突き抜けてやるかと唇を噛み締めた矢先、突風が壁を吹き払った。飛び散った火の粉が肌を焼く。まっすぐに立っていられないほどの風と共に、凄まじい咆哮が鼓膜を嬲る。
 迫りくる影に剣を構えたときには、もう遅かった。
 他国にまでアスラナ最強の戦士と謳われる王都騎士団の騎士達が、紙人形のように一撃で薙ぎ倒されていく。焼けた地面の上を転がり、肌を削られ、それでも懸命に剣を握るその腕を、無駄だとばかりに衝撃波が襲う。
 額が割れ、赤い血の筋を流すエルクディアを、すぐ傍で巨大な竜が見下ろしていた。

「――我らと我らの世の理において、貴様を裁きにかける」

 咆哮に混じったその声は、直接頭の中に響くようだった。
 竜の爪が迫る。振るった剣先は傷一つつけることなく弾かれ、虚しく甲高い音を立てるだけにとどまった。
 翼で打ち払われ、身体が宙を舞う。地面に叩きつけられる寸前で、エルクディアの身体はさらなる衝撃と浮遊感を覚えた。

「なっ、――クソッ、離せ!」
「エルク!」
「そーたいちょ!?」

 フェリクスとサイラスの声が重なる。
 竜の爪に捕らえられ、どれほどもがけどもその拘束は揺るがない。エルクディアの身体は、あっという間に空中に持ち上げられた。
 竜が羽ばたく。その翼めがけてオリヴィエが剣を投げたが、小さな掠り傷のみを与えるだけだった。

「ぐっ、あ、ッ……」

 骨が軋む。全身を締めつけられ、呼吸すら苦しい。鎧を身に着けていないため、防護するものなどなにもなかった。どれほど鍛えていようとも、竜の力の前には人間など小枝のようなものだ。
 意識が遠のく。
 風の音が大きい。一度、二度、強く上下に揺られ、地面が瞬く間に遠ざかっていった。フェリクスが叫ぶのが聞こえる。オリヴィエがよろめきながらも馬に乗り、城まで全速力で駆けていくのが見えた。
 竜に運ばれていく己の姿をどこか客観的に見ながら、エルクディアは薄れゆく意識の中に蒼い光を見た。


 ――エルクディア・フェイルス。お前は、私の騎士だろう。
 声がよみがえる。
 蒼い光が消えない。
 あまりの痛苦にだらりと垂れ下がった、腕の先。
 そこには、強く握り締められた長剣が銀のきらめきを放ち続けていた。




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(2015.12.25)


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