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「なにって、十番隊の話に決まってんだろ。隊長が片腕落ちじゃ、締まるもんも締まらねェ。それになにより、十番隊を背負うにゃそれこそ腕が足りねェよ。後任にゃフーゴを据えりゃいいし、副隊長にはサイラスを――」
「フェリクス。勘違いするな。俺はそんな話をしに来たんじゃない。お前を解任するつもりは端からない!」

 声を荒げたエルクディアに、フェリクスは鼻を鳴らして首を傾げた。エルクディアではなく、己を嘲笑するように。

「へえ? それじゃあお優しいそーたいちょーサマは、使えねェ男を隊長の座に据えておくっつーのか。そりゃあいい。最高の見せモンだ」
「違う。十番隊にはお前が必要だ! それにたとえ片腕だろうと、フェリクス・ブラントの剣先は鈍らない!」
「馬鹿言うな、エルク。ガキみてェな駄々捏ねてんじゃねェ。これがどういう状況か、失くした俺が一番よく分かってんだよ。確かに利き腕は無事だった。けどな、前みてェに剣を使えるかっつったら、」
「前と同じである必要がどこにある」

 冷ややかなその声に、フェリクスの瞳に険が宿った。

「片腕で、両腕のときと同じ剣技ができるはずがない。そんなものは最初から求めていない。俺がお前に要求するのは、その片腕で両腕の戦士と並び立つだけの能力だ。……お前なら、それができると信じている」
「随分な高評価だな。確かに、片腕片足で剣を握る兵士は珍しくもねェよ。だがな、何度も言う。俺は今、十番隊アスクレピオスの隊長だ。俺には六百からの部下を率いる義務がある。ちんたらやってる間に、」

 フェリクスの言葉を遮ったのは、肌を刺すような殺気だった。それを感じた一瞬の間に、身体は勝手に反応していた。天を仰ぐよりも先に手綱を操り、一瞬遅れて思考がついてくる。
 馬の嘶きがクラウディオ平原に響く。
 そして、影が落ちた。

「エルクっ!!」
「くっ……!」

 余裕のないフェリクスの声に重なるように、重たい鋼の音が鳴り響いた。
 剣を鞘走らせる暇などなく、馬上で激しい力がぶつかり合う。鞘のまま受け止めた打撃は、骨を通じ全身を痛みで震わせた。反射神経の賜か、すぐさま攻撃を受け流し、馬首を返して後退する。
 冷や汗がどっと噴き出した。かろうじて受け流した今の衝撃は、まともにエルクディアが対処できるものではなかった。騎士団の中で一、二位を争っていたフェリクスの一撃よりも、さらに重たく激しい。
 文字通り降って湧いた敵は、見た目から判断するに男が二人、女が一人の三人組だ。誰もが黒い長衣を纏い、それぞれ異なる得物を握っている。
 一人は巨大な槍。先端には乳白色の牙のようなものがついている。もう一人は直接手に装備する鉄の長爪だ。そして最後の一人、女が手にしている得物が、巨大な輪の周りに刃をつけた跳び道具だった。
 ――なんだ、こいつらは。
 敵を見定めようと錯綜し始めた意識を、フェリクスの荒々しい怒声が呼び戻す。

「ぼさっとしてんじゃねェ! 逃げろ!!」

 これほどまでに切羽詰まった声は珍しい。
 逃げろと言われて簡単に逃げるわけにもいかないが、真正面から向き合える相手でないことは瞬時に判断できた。
 エルクディアは敵の攻撃を回避しながら、状況を把握するべく必死に頭を働かせる。手綱を握らずとも、ニコラは的確にこちらの意図を汲んで走ってくれた。
 今はとにかく、フェリクスから敵を遠ざけなければ。
 正体不明の敵襲だ。敵の狙いはエルクディアらしく、女と長爪の男が執拗に追いかけてくる。

「フェリクスっ、先に行け!」
「無茶言うんじゃねェっつの!」

 フェリクスは自分の身の丈以上の槍を軽く振り回す男と対峙し、残された腕で相手の攻撃をなんとか躱しながら馬を走らせている。衰えた体力では、手綱も握らずに全力疾走する馬に跨り続けるのもさぞかし苦行だろう。この様子では、城までもつか分からない。
 今まで感じたことのない感覚に、エルクディアは戸惑いを感じていた。
 どこの国の者かと推察するも、判断に足りるだけの情報がない。なにより、これだけの手練れと戦うには今の状況では分が悪すぎる。
 唸るフェリクスが血管が破れそうな勢いでなんとか槍を力任せに押し返した瞬間、男の頭巾がふわりと外れた。
 フェリクスよりも若い、ちょうど彼の弟のオリヴィエと同年代ほどの青年の、冷たい顔が露わになる。力が拮抗する度に、男の頬や首筋にうっすらと痣が浮かんでは消えた。

「――っ! お前ら、竜族かッ!?」
「は? 竜族!?」

 まさかと叫んだ瞬間、エルクディアの目の前に迫った女の頭巾が外れ、その顔が日差しの下に晒される。

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