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 断られるはずがないと信じきっている物言いだった。
 呆れて言葉が出てこない。
 ユーリとてオリヴィニスという国を詳しく知っているわけではないが、少し言葉を交わせば、バスィールがどういった人となりかはすぐに分かった。彼は決して簡単に意思を曲げるような男ではない。
 ましてや、上位三位のシャガルの僧だという。それほどの高僧が容易く還俗などできるとは考えにくい。
 だが、どんな無茶をも権力で強引に押し通してきた男達にとっては、自らの“名案”が退けられることなど想定していなかった。

「早速使者を送りましょうぞ、陛下。堂々と正面から訪問すれば、オリヴィニスの者とて受け入れることでしょう」
「少し落ち着きたまえ。蒼の姫君は確かに神の後継者という立場ではあるけれど、あの子は王族でもなんでもない。マクトゥーム殿とて同じこと。我々が口を出すことではないだろう」
「なにをおっしゃいます。またとない好機なのですよ。今、シエラ様に嫁いでいただければ、このアスラナは他国からさらに一歩、いや、百歩も先に抜きんでます」
「そうは言うけれどね。本人達の気持ちはどうなるんだい?」

 半ばうんざりしながらの発言に、それが失敗だったとユーリが気づいたのは言い切った直後だった。一度出た言葉は取り戻せない。端正な顔立ちを僅かに歪ませ、青年王は自らの失言を悔いた。
 これ幸いとばかりに、言葉の切っ先が喉元に突きつけられる。密やかに笑ったのは、一体誰か。

「陛下、失礼ですが、貴方様は少々思い違いをなさっておられる。本来、結婚というものは家と家の結びつきであって、当人の心など関係のないものです。――そう、本来は」
「……ああ、その通りだ。けれどそれは、身分ある者に言えることだよ」
「おお、それはそれは。これは失礼いたしました。我らは、下々の者の事情とは無縁でしたので、どうにも無知が過ぎますな」
「陛下のお心は、常に城下の者に寄り添っておられます。お優しい陛下にとっては、少々心苦しいことやもしれませんが、ご理解いただけませんかな?」

 ユーリの生まれは平民だ。家柄でいえば、ここにいる誰よりも格下だった。他国ならば玉座に座ることなどできるはずもなく、ましてや王都の土を踏むことができたかどうかも怪しいほどの、田舎の出だ。
 彼らは内心それを嗤い、「お前には分からぬだろう」と言外に告げてくる。貴族のあり方に口を出すなと。これが当然なのだと、そう突きつけられる。
 その程度の棘で痛む心は持ち合わせていないが、現状は実に厳しい。このままでは話は止まらないだろう。
 いっそ強権発動もやむなしかと眉を顰めた折、扉の向こうが騒がしくなった。怒鳴り散らす声が響き、弾けるような音を立てて扉が開く。
 議会の場に飛び込んできた白い影に、高官達が目を剥いて「無礼な」と叫んだ。その声を一切無視して――というよりも、耳に入っていない様子だったが――、血相を変えたレイニーがまっすぐに玉座へと詰め寄ってきた。護衛達が止めるのも構わず、彼女は額に汗を浮かべて叫ぶ。

「どうし、」
「大変よ! ボウヤがっ、――エルクディアがっ!」


+ + +



「フェリクス?」

 扉が開いていた。ノックをしても返事がなかったため、中の様子を確かめてから立ち去ろうかと思っていた折に、エルクディアの眼前に花瓶が舞った。
 凄まじい音が響く。それを追うように放たれた獣の咆哮は、よく聞けば人間のそれだった。
 一瞬腰に手を伸ばしかけ、すぐに考えを改める。――危険はない。警戒せずとも問題はない。ただ、このまま踏み入るべきか、引き返すべきか、その判断を下さなければならない。
 こうしようと思ったわけではなかったが、エルクディアの足は自然と部屋の中へと歩を進めていた。
 重たいものが倒れる音がする。誰とはなしに吐き出された悪態が、砕けた花瓶に重なって見えた。

「――クソがっ、んのっ、ぁああああッ!」

 逞しい足がサイドテーブルを蹴り、上に載っていた書物ごと床に転がした。それでもまだ衝動が収まらないのか、もはや言葉にならない叫びを口から解き放ち、手当たり次第に物を床や壁に叩きつけている。


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