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「我が友。おぬし、少し見ぬ間に随分と犬らしくなりよった。姫神の傍らにおる小さいのに比べれば、いささか行儀がよすぎるが」
「…………」
「ほう? ほうほう。いかなオリヴィニスの高僧といえど、この手の話題は苦手と見える。顔に出ておるぞ。これは修行不足ではないか、我が友よ」
「……ヴィシャム殿に問うたところ、姫神様は寺院の娘と外に出たとのことだった」

 シーカーの言葉を無視し、バスィールは窓の外に目を向けた。紫銀の瞳には夜の闇しか映らぬだろうに、どこまでも見通すような眼差しだった。窓の外に広がる空気の層や、風の文様まで見えているのかもしれないと、そんな風に思わせる。

「それで? それは嘘だったのか?」
「否。偽りではなかった」

 淡々とした答えは冷たい響きを持っていたが、そこにある小さな揺らぎを、シーカーは聞き逃さなかった。
 常に静かなバスィールを見て、石像のようだと零す者も少なくはない。彼が元は石だったとしても、今はすっかり血肉を与えられているようだ。硬い石の塊などより、今の方がよほど美しい。
 ここまでの美しさを持つ男は、竜の中でもそうはいない。美しさと強さの両方を求める竜族からすれば、彼はさぞかし人気が出ただろう。――皮肉にも、今の彼はその竜族から敬遠されがちな存在であったけれど。

「ほう。しかし我が友は、どうにも納得しておらん様子だな。嘘でなかったというに、どこに不満がある?」
「偽りではないことが、真実とは限らない。偽りを述べることなく真実を隠すことなど容易い」
「なるほどな。彼らは何事かを隠しておると、そういうわけだな? 仲間外れにされて拗ねておるのか。存外愛らしいな、おぬし」
「竜の気配が濃い。姫神様は、竜とおられるのやもしれぬ」
「……我が友よ。少しは私の相手もしてほしいのだが」

 小さな子どものように唇を尖らせたシーカーに、バスィールはちらと視線を投げて軽く息を吐いた。かすかな光をも受け止めて輝く銀の髪がはらりと零れ、極彩色の衣の上を流れていく。俯きがちな横顔は造られたかのように美しく、眺めているだけで酒が進みそうだった。
 いかなオリヴィニスの高僧とて、全知全能の神とはほど遠い。直感で嘘は見抜けても、隠された真実までは見通せない。今のバスィールには、そのことがひどくもどかしいらしい。
 久方ぶりに会う友人の、表には決して出さない葛藤が実に愉快だった。シーカーはおもむろに窓枠から離れ、バスィールの逞しい肩に腕を回した。払いのけられることもないので、そのまま強引に身を引き寄せる。

「この地におる限り、そう危険もあるまいよ。ところで、我が友。姫神というのは、随分と美しいな」
「当然だ。白き女神に愛され、蒼を纏いしお方ゆえ」
「うむ。そのとおりに違いない。――あれなれば、一度、抱いてみたいものだ」

 くすりと笑んだ瞬間、風が鳴いた。一瞬にして身体が離れ、咄嗟に突き出した腕に痺れが走る。シャンっと鳴り響く遊環(ゆかん)の音が、薄闇の中でやけに大きく聞こえた。
 竜の反射神経をもってしてでもすんでのところで防いだ一撃を繰り出したのは、今しがたまでシーカーの腕の中にいたバスィールだった。体勢を低くさせたオリヴィニスの高僧が、瞳を氷のように凍てつかせながら錫杖を構えている。
 あとほんの僅かでも反応が遅れていたら、バスィールの錫杖はシーカーの側頭部を捕らえていたことだろう。

「姫神様に無礼を働くのであれば、我が友とて容赦はせぬ。そう言ったはずだ」
「我が友、マスウードの子、ジアよ。おぬしも男であれば、その気にもなろうて。――ううむ、しかし、そうか。姫神を相手とするならば、私よりもおぬしほどの若い見た目の方がよかったか」

 どれほど挑発してみせたところで、バスィールの表情は変わらない。――見た目には。

「戯言が過ぎる。なにゆえ、異種族に情欲を抱けるのか」
「うん? なにを言う。異種であろうが、この身体であればまぐわうのは容易かろう。この世に魔女が多く存在することを忘れたか? はじまりの女神とて、そのくらい想定しておったであろうよ」
「言葉を、」
「選べと? あいにく、竜はそれほど気を回せんのでな。――しかし、おぬしはまこと、姫神の話となると気が高ぶるらしい」


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