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 鼻先を触れ合わせ、そのまま肉を食らうのではないかと危惧するほどの大口でタラーイェのか細い喉元を柔らかく食んだウィンガルドが、奥底に熱を燻らせた瞳でシエラを流し見る。その冷たくも燃えるような熱さに、ぞくりとしたものが駆け抜けた。

「よりにもよって、なぜ二つのニオイを纏っているのか。それでは王が嫌悪するのも当然だ」
「ウィン。“あの方”が来られたのはついさっきよ。だから、竜王さまに拝謁したときはきっと……」
「否。姫神の纏うニオイは、昨日今日のものではない」
「だから私には、その心当たりがないと何度もっ」

 痺れを切らして声を荒げかけたシエラに、ウィンガルドは鋭い眼差しを向けた。

「姫神よ。汝は、雨涙の魔女を知っているか」


+ + +



 闇に会談の場が設けられたのは、随分と久しい。
 夜よりもなお暗い深淵に沈んだこの場に、ぼんやりと紫色の炎が躍っている。その不気味な光に照らしだされた影達は、最も上座に座す男を仰いで一度深く頭(こうべ)を垂れた。
 骨と石でできたテーブルの上には、ユニコーンの血を満たした杯が並べられている。生臭い――彼らにとっては芳しい――香りが辺りを満たしていたが、未だ誰も口をつけてはいなかった。
 明かりがあっても闇に呑まれてしまいそうな褐色肌の男が、席を立ってその場に跪く。彼はヘラスと呼ばれる、魔の王の右腕ともいえる存在だった。かつてはシエラ達ともあいまみえ、エルクディアと剣を交わしている。
 ヘラスは一呼吸置いたのち、上座でこちらを無感動に見つめる王に恭しく切り出した。

「姫神は竜の加護を求め、オリヴィニスの地に向かったようです」

 その言葉に、闇の中が僅かにざわつく。
 不気味な炎が揺らめき、血の臭いが濃くなった。

「ふん、オリヴィニスとな? 忌々しいトカゲ共の巣窟に、あの青虫共はよほど縁があると見えるわ。幾度も幾度も、同じことばかり! ああ、忌々しい!」
「落ち着け、イェルネ。――我が君、あれを出しますか?」

 美しい顔を醜く歪めながら吐き捨てたのは、ヴァンパイアのイェルネだ。シエラ達をあと一歩というところまで追い詰めながらもとどめを刺すことができず、逆に追い詰められた末に、無様に逃げ帰ってきた過去を持つ。そのためか、彼女はより一層の憎しみを神の後継者に抱いているようだった。
 王レフィクルが静かに首を振る。その表情は下座からでは伺えない。

「……いや、まだ早い」

 王の言葉を確かめると、ヘラスは「御意」と返して席に戻った。
 予想していた返答のため、驚きも落胆もない。オリヴィニスと聞けば、必ずやそう返すだろうことは見えていた。あの地を相手に軽率に動くことは、いかな魔の王といえども避けるべきだ。
 それは闇に馴染む者ならば誰もが承知の事実だったろうに、一つの影がくつくつと生臭い息を吐いて低く笑った。

「なぁにを遠慮することがある。オリヴィニスにオークの軍団を送り込みゃあいい。オレたちがぐっちゃぐちゃにしてやるよ」
「タドミール。貴様も王たる資格を持つものであれば、我らが陛下の御前での礼儀を身につけるといい」
「ほほ。それこそ難儀な話よの。ヘラス、その要求より、小鳥が竜を殺す方が容易かろうて」
「なんだと? 死に損ないの血吸い魔めが!」
「貴様、オークの分際でわらわを侮辱するか!?」

 眉を吊り上げたイェルネの双眸が赤々と光を放ち、鋭い殺気がその場を満たす。
 オークの王にして破壊の王、タドミール。彼は赤黒く岩のように隆起した皮膚を持ち、体躯も他の影より一回り以上大きい。その巨体から、タドミールは怒気を漲らせて声を荒げたのだ。
 狼の毛皮を纏ったオークの王は、オリヴィニスに自軍を向かわせるべきだと叫ぶ。破壊を好む地底の王らしく「あの地もろとも蹂躙してしまえ」との主張に、レフィクルは冷ややかな眼差しを向けるだけにとどまった。

「共に控えよ。ここは御前だ。……なんにせよ、かの国は穢れなき地。攻め入るのは極めて困難だ。昔も今も、それは変わらない」
「ふん、小癪な……。トカゲごとき、かの地におらなんだらすぐにでも丸焼きにしてくれるものを」
「そのトカゲに、貴様の配下はいくら殺された?」
「黙りおれ!」
「控えろと言っている!」


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