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「知らぬだろうから、教えてやろう。我ら竜には数多の種族が存在する。風竜ならば風を、水竜ならば水を操る。その力は、ヒトの言葉では魔法と呼ぶのだろう。異なる種族の竜が契りを結び、子をなした場合、稀に両方の属性を持って生まれる子がいる。風と水の双方を操る、そんな竜が。しかしそれは稀有な例だ。混じり子は多くの場合、その血が弱い」

 弱ければそこまでだ。実の親だろうと、力なき竜を育てることはしない。
 幻獣界の頂点に立つ生き物としての矜持と本能が、徹底的に弱者を排除する。
 一見無関係とも思える話が始まり、シエラとフォルクハルトは似たように眉を寄せていた。結論を急ぎたいが、ライナが目で「静かに」と訴えてくるために急かすこともできない。
 風が吹く。小さな森の中、葉擦れの音がさやさやと聞こえた。

「しかし、弱き竜に力を授けることはできる。竜は、自ら持つ力を他の竜に移すことが可能だ。竜らしからぬ思考だが、弱き子に自らの力を与える場合もある」
「力を移す? どうやって」
「我ら竜には竜玉が存在する。姫神も聞いたことがあろう。力の源は竜玉に。それを移す。意識を同調させさえすれば、造作もないことだ」

 なんてことないようにウィンガルドは言うが、その方法がまったく伝わってこない。
 決定的に言葉が足りないのだが、ウィンガルドはこの説明で十分すぎると判断したのだろう。小さなタラーイェを慈しむように抱き直し、さっさと話を進めてしまった。

「竜が力を移す時――、それは主に二つしかない。一つは今言ったように、弱き子に渡す場合だ。そしてもう一つが、我らが王に捧げる場合となる」
「王に、捧げる……?」
「ああ。王たる資格を持つ竜は、数多の属性をその身に宿すことができる。しかし、最初から数多の属性を持って生まれる竜などほぼいない。ゆえ、選ばれた竜が王に自らの属性を捧げる。それにより、王は数多の属性を持つ竜となる」
「そんなことをしたら、その竜は力を失くしてしまうんじゃないのか?」
「その通りだ、姫神よ。しかし我らは、魔法と呼ばれる力だけで幻獣界の頂点に君臨しているのではない。見くびるな」

 竜は他のどんな獣よりも大きく、俊敏に動く。鋭い爪の一撃を食らえば、大抵の生物はひとたまりもないだろう。
 皮肉げな笑みを浮かべたウィンガルドの顔は人のそれによく似ていたが、放つ空気が決定的に違っていた。獣のものよりもずっと鋭く、畏敬すら抱かせる迫力がある。
 人ではないものが人の姿をしているという違和感が、小さな恐怖となって胸に染み込んできた。
 この姿は人間を真似たのではなく、創世神の姿を模したものだと竜王は殺気すら滲ませて言っていたが、それでもなかなか認識は上書きされない。
 同じなのに、違う。
 当たり前のことが、なぜかひどく恐ろしい。

「属性を移せども、竜は強い。強い竜でなければ、力を王に献上できぬ。王に選ばれることは、我ら竜族にとってなによりも誉れ高きことのはずだった。それは誇りとなるはずだった。しかし、奴らは……」

 苦々しく言葉を切ったウィンガルドの様子を心配したのか、タラーイェが身を捩って頬に唇を寄せる。
 頭上には満天の星空が広がり、砂漠の大地がもたらす刺すような冷たい空気によってより一層美しく輝いて見えた。一つ、二つ、と星が流れていく。夜空という広大な画布に気まぐれに走らせた筆の描く軌跡は、画家の思いもよらない美をもたらした。
 その美しい星空を一度仰ぎ見たウィンガルドが、溜息交じりにシエラを見た。

「竜が刻んだ長い歴史の中で、王への譲渡を拒んだ者は一匹たりともいなかった。……それがどういうわけか、立て続けに二匹の竜が拒んだ。そのうちの片方が最悪だった。本来なら王に捧げるべきものを、違う者に渡したのだ」
「……だったら、その竜が裏切り者なんじゃないのか? 私には、テュール以外に竜の知り合いなんていないぞ」
「確かに、その竜とはかかわりがないのかもしれない。しかし、覚えておくといい、姫神よ。竜は血を重んじる生き物だ。血に関しては、特に鼻が利く」

 話の終わりをほのめかすかのように、ウィンガルドは抱き上げたタラーイェの小さな唇を啄み始めた。色めいたものを感じさせない、動物同士のじゃれ合いのようなくちづけではあったが、成人男性の見た目をしているウィンガルドと幼い子どものタラーイェでは、直視するのも憚られる光景だった。


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