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「お前が、タラーイェの……?」
「随分と不躾な問いをする。姫神よ、いかにもこの私が小さき太陽の子の伴侶。風を纏いし竜の一族、ウィンガルドという」
「伴侶だぁ? はっ、笑わせるぜ。お前とこのガキが夫婦(めおと)だってのか?」

 タラーイェの言う竜だと聞いて安堵感を覚えるシエラ達とは裏腹に、 フォルクハルトは未だ警戒を解こうとはしなかった。言葉だけでなく、全神経が尖っているように見える。
 竜を相手に生身の人間が敵うはずがないと分かっていながらも、彼は今すぐにでも腰の短剣を引き抜いてしまいそうだった。
 そんなフォルクハルトにちらと視線を向けたウィンガルドが、抱き上げたタラーイェの柔らかな頬にくちづけて笑った。

「――否。私の黄金の光はまだ幼い。契りは結んでいないが、それもじきだ。ヒトの成長は早い。すぐに成体になる。そのときは私を受け入れ、多くの子を産んでくれ」
「うげ……」

 ユーリやバスィールよりも身体の大きな男が十かそこらの少女を愛でる様子は、人間の感覚からすればどこか違和感を生んだ。それが子を求めるとなれば余計だ。異常ともいえる状態だが、本人達は微塵も気にならないらしい。――いや、タラーイェ自身にはその自覚があるのだろう。だからこそ、姉のアリージュにも内密にと言ってきたのだ。
 ウィンガルドの高い鼻先がタラーイェの前髪を掻き分け、額に唇を寄せる。香草の香りが残っているのか、あるいは甘いミルクの香りでもするのか、竜はすんっと鼻を鳴らして少女の匂いを楽しんだ。
 額に、目元に、鼻筋に。次々と落とされるくちづけに、少女はくすぐったそうに身を捩りながら笑みを零す。
 そこには、甘ったるいまでの愛の形が透けて見えた。
 年齢も種族も容易く超えたそれに呆然としていたシエラ達の中で、いち早く己を取り戻したのはフォルクハルトだ。

「だぁああっ! いいから話を進めろ! あのいけすかねぇ竜王んトコに案内できんのかどうか、それを聞きに来てんだよ!」
「フォルクハルトさんっ、もう少し言葉を選んでください!」

 ライナが慌ててフォルクハルトの服を掴んで窘めるも、彼はさながら毛を逆立てた獣のように唸るばかりだ。大声に驚いたのか、近くの木から鳥の飛び立つ羽音が続く。
 ゆっくりと明滅を繰り返す光の珠が浮かぶ中、ウィンガルドは特に気にした風もなく群青の瞳を眇めてタラーイェを抱き直し、柔らかな頬を甘噛みした。

「竜の国に汝らを案内し、王の前へと連れていくことなら可能だ。他でもない我が小さき太陽の頼みだからな。しかしながら、汝らの求める加護に関しては、そのニオイがある限り無理だろうな」
「……お前達はそればかり言うが、ちゃんと風呂には入っているぞ」

 さすがのシエラも居心地が悪くなって唇を尖らせたが、ウィンガルドは呆れたように目を細めた。

「体臭ではない、姫神よ。――まあ確かに、そうとも言えるが」
「どういう意味だ?」
「王に言われただろう? 裏切り者のニオイがすると。ヒトには分からぬだろうが、姫神からはそのニオイが強く漂っている」

 そうは言われても、シエラには微塵の心当たりもない。
 今までかかわりのあった竜といえば、テュールくらいなものだ。そのテュールを前にしても彼らはなにも言わなかったのだから、未だ小さなあの竜が“裏切り者”だとは考えにくい。
 他に知っている竜といえばシーカーだが、彼と出会ったのは竜王と会ったあとの話なので無関係だろう。

「だから、その裏切り者とは一体誰なんだ。アイツも言っていたが、こっちにはさっぱり分からない」
「ヒトの感覚にすれば、少し話は長くなろう。それでもよければ語ってやらんこともない。――そこの犬には、少々退屈やもしれんがな」

 尊大な態度にフォルクハルトが歯を見せて唸ったが、ライナの必死の呼びかけもあって飛びかかるような真似はしなかった。シエラ達より片手分は年上だというのに、これではどちらが年長者か分かったものではない。
 タラーイェを腕に収めたまま、ウィンガルドは静かに語り始めた。
 その語り口は竜の長命さを物語るように、ゆっくりと、遠回りをしながらのものだった。


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