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「その竜とは、いつ会える?」
「明日の夜、会わせてあげる。でも姫神さま、バスィールさまにだけは内緒にしていてね。護衛が欲しいなら、背の高いお兄さんでも気の短いお兄さんでもいいけれど、バスィールさまだけはダメ。あの方には内緒にして」
「……とはいえ、ジアに隠し事は難しいと思うが」
「嘘さえ吐かなければいいの。寺院の子どもと夜の散歩をするとでも言えばいいわ。それなら嘘にはならないから」
「そういうものか?」
「そういうものよ。オリヴィニスの僧は神ではない。すべてを見通すことなんてできやしないもの」
その言葉に、シエラはふとバスィールの名が持つ意味を思い出した。
“すべてを見通す星の光”――それが彼の名だ。神秘的な色の瞳に見つめられると、それこそすべてを見透かされているような気がしてくる。
だが、バスィールを連れてくるなという条件に、ライナが警戒を示した。かの高僧は嘘を見抜く。連れてこられては困る話をするのかとやんわり問うた彼女に、タラーイェは慌てて首を振った。
「違う、嘘を吐くつもりはないの。本当よ。それこそ、バスィールさまの前で誓ったっていい。……けれど、駄目なの。あの方はシャガルの僧だから、彼が――竜が嫌がる」
「竜が?」
「それに、あの小さな竜と女の子も。きっとウィンは、好きじゃないと思うから……」
申し訳なさそうに俯く姿は、嘘を吐いているようには見えなかった。
再び竜の国に行くことになれば、ルチア達はもちろんバスィールも同行することになるのだが、先の話をしても仕方がない。今はとにかく、竜王のいる城に辿り着くことが先決だ。そのためには、多少条件を飲んでの交渉も必要だろう。
「分かった。バスィールには言わない。ルチアとテュールも置いていく。それでいいか?」
「もちろん! 話は通しておくわ。明日の夕餉のあと、気づかれないようにあたしについてきて。森の奥に泉があるの。そこで会わせてあげる」
「本当に危険はないんですか? 貴方とその竜は、一体どういうご関係で?」
ライナの問いかけに、タラーイェは「危険なんてないわ」と大人びた笑みを浮かべて振り返った。褐色の肌によく似合う黒髪の巻き毛を揺らし、ぱっと目元を赤く染め上げる。
いっそ妖艶とも言える微笑みが、小さなかんばせを飾った。
「――永遠の伴侶よ」
+ + +
フィーネからしばらく休みたいと訴えられたのは、よく晴れた日の午後だった。
ここのところ、クレシャナの専属侍女であるフィーネは体調を崩しがちで、しょっちゅう寝込んでいた。申し訳なさそうに「ご相談があるのですが」と頭を下げてきたときでさえ、顔色は悪く、今にも倒れてしまいそうなほどだった。
数日、あるいは数週間の間、実家に戻って体調を整えたいと言うフィーネに、クレシャナは迷うことなく許可を出した。女官長もきっといいと言うだろう。最も気の合う仲だった彼女が離れてしまうのは寂しいが、体調を優先するのは当然のことだ。
王妃となった今、世話をしてくれる侍女はたくさんいるから心配しないでほしいと笑って送り出したものの、彼女の青褪めた顔色を思い出すとどうにも落ち着かない。なにかできることはないかと考えを巡らせていると、クレシャナは自分の幼い頃のことが不意に脳裏に浮かんだ。
熱を出して寝込む幼いクレシャナに、祖母がみずみずしい果物を剥いて食べさせてくれたことを。甘く、ほのかに酸っぱく、渇いた喉に染み込む果汁がとても心地よかったことを。
そのとき感じたなんとも言えない幸福感を、今でも鮮明に覚えている。
「随分とぼんやりしているね。口に合わなかったかな?」
急に話しかけられ、クレシャナは驚いて顔を上げた。取り落としたフォークが皿にぶつかってカチャンと音を立て、すぐさま給仕の者によって新しいものへと取り換えられる。
――ああ、そうだ。今は食事中だったのだ。
恥ずかしさと申し訳なさで俯きがちに謝罪すると、ユーリは穏やかに微笑んで葡萄酒を傾けた。
クレシャナにはまだ馴染めない酒だ。喉を焼く感覚がどうにも苦手で、一口飲んだだけでむせてしまった。それ以来、ほんのりと香りが残る程度の、水で薄めたものくらいしか酒は口にしていない。