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 照りのある蜂蜜色の肌に薄絹を幾重にも纏った姉妹は、どちらも知性の滲み出た面立ちだった。姉のアリージュは二十歳を過ぎた頃だろうが、妹のタラーイェはルチアとそう変わらないように見える。せいぜい十歳かそこらと言った程度で、ふっくらとした丸みのある頬が愛らしい。
 世話係を任されたと言うだけあって、その給仕には二人ともそつがなかった。

「アリージュさん。よろしければ、先ほどの男性について教えていただけませんか? 彼は一体、どういった方なのでしょう。こちらの人には見えませんでしたけれど……」
「……シーカーさまは、旅のお方です。それ以外のことは、詳しく存じ上げません」
「なんで、そんなうそつくの?」
「嘘だなんて、」
「だって、おかしいよ。さっきバスィールは、シーカーは十二年ぶりに帰ってきたってゆってたもん。それなのにあなた、シーカーのこと、とーってもよく知ってるよーな話し方してたよ? それに、周りの人のよーすを見てたら分かるよ。みんな、シーカーのこと大好きなんだねぇ。だったら、あなたもたっくさんお話聞いてるでしょう?」

 屈託なく微笑みかけるルチアに、ヴィシャムが「一番容赦のない子だな」と苦く笑った。
 まだ十に満たない幼子ながら、ルチアの賢しさには目を瞠るものがある。人化したテュールと並んで果物を口に運ぶ姿は無邪気な子どもそのものなのに、内に秘めているものはそこらの大人以上だ。
 小さな頭を軽く撫でてやると、ルチアは嬉しそうに頬を緩めてシエラの手に頭を摺り寄せてきた。自分もと言わんばかりに、テュールが頭を傾ける。

「隠したってむだよ、姉さん。この人は神の後継者さまなんでしょう? だったら、バスィールさまからすぐに真実を聞けるもの。――ねえ、お姉さん。あなた、竜に会いたいの?」
「え? ああ……。しかし今は、あの男のことを先に聞きたい。あれは一体、何者なんだ」
「竜」
「だから、今は竜の話ではなく、」
「竜の話をしてるの。そして、シーカーさまの」

 事もなげに言い放ったタラーイェに誰もが言葉を失ったそのとき、ガキンッと金属の割れる音がした。一身に視線を集めたテュールが、きょとんとしながら黄金の杯(ゴブレット)を齧っている。ブドウでも口にするような気安さで大ぶりの紅玉(ルビー)を飲み込んだ幼竜は、あどけない子どもの笑顔で小首を傾げた。
 ――竜。
 このテュールとて竜だ。見た目は人間とそう変わらない。高山の上、竜の国で出会った彼らだってそうだった。人化していれば、竜と人間の差は外見上ほんの僅かしかない。
 だが、彼らは圧倒的になにかが違っていた。刺すような神気か、あるいは気迫か。とかく、纏うものが人間とは異なっていたのだ。持って生まれた性質が根本から違うのだと思わざるを得ないなにかがあった。

「しかし、あの男はどう見ても竜には見えなかったぞ。上で会った連中とはまったく……」
「違うに決まってるわ。だってシーカーさまは、竜の中でも“変わり者”だもの。だから、竜の国を出たらしいわ」

 随分と大人びた口調で説明を始めたタラーイェに、アリージュは複雑そうに眉を寄せていた。言葉を飲むときの癖なのか、彼女は妹とは違って短く切り揃えられた黒髪の毛先をぐいぐいと下に引っ張っている。
 信じがたいことだが、シーカーは正真正銘の竜なのだという。竜の国で生まれ、もうすでに何百年の時を生きているのだと。
 元より人間贔屓だった彼は、人の姿であちこちを歩き回り、人間と交流を図っていたらしい。誇り高い竜族の仲間からは当然いい印象を抱かれてはおらず、また、彼自身あの国の凝り固まった思想を窮屈に思って、あるとき国を飛び出したのだという。その中で彼は人間の女と愛し合い、子までもうけたと語ったらしい。
 オリヴィニスに戻ってきたのは十二年ぶり――つまりタラーイェは、初めて彼と対面したことになる――だが、シーカーの話は麓の村の住民には余すことなく伝えられているそうだ。


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