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「竜の財宝で栄えているんでしょうか……」
「――否。この地の金銀は竜のもの。我らオリヴィニスの民の私物ではない」
「ジア、戻ったのか。村長との話はもういいのか?」
「はい。万事つつがなく進行しております」

 汚れた床に躊躇いもなく膝をつき、バスィールはシエラに向かって頭(こうべ)を垂れた。銀の髪が蝋燭の明かりに照らされて美しく輝き、頭の動きに合わせてさらりと揺れる。
 食事を勧めても彼は決してシエラと同じテーブルにつこうとはせず、後ろに控えて佇むだけだ。
 もう慣れてきたとはいえ、じっと見られながらの食事はあまり落ち着けるものでもない。命令すれば隣に座るだろうかと考えた矢先、食堂の入り口からバスィールを呼ぶ声が上がった。
 長身の影が暗がりに浮かんでいる。木々のテーブルを縫うように進んできた男は、大きな声で笑いながら、その逞しい腕でバスィールを思い切り抱き締めた。
 驚いたのはシエラ達の方だ。
 バスィールはもちろん、オリヴィニスの僧達は皆、人との接触を避けてきた。他国ならばともかく、閉鎖的なこの国でそのしきたりを知らぬ者はいないだろうに、目の前の男は一切の遠慮なくバスィールの身体を親しげに撫で回しているのである。

「久しいな、マスウードの子、我が友よ! 少し見ぬ間に大きくなりよったわ!」

 低く、快活な声が食堂に響く。それを聞きつけた屋敷の人間達が、ぱっと顔を輝かせていった。あちこちから歓声めいた声が上がり、廊下にいた使用人達までもがぞろぞろと食堂を覗きに来る始末だ。
 長身のバスィールを容易く胸に抱き込める体格の持ち主は、綺麗に整えられた僧衣と髪を散々乱してからバスィールを解放した。そこでやっと、傍らのシエラ達にも彼の顔がはっきりと見えるようになる。
 彫りの深い顔立ちだ。丁寧に整えられた髭がよく似合う、一種独特の色香を持つ四十手前の男だった。
 燭台に照らされた肌の色は土埃で汚れてはいるが白く、オリヴィニスの人間に多い褐色肌ではないようだ。波打つ金髪はやや脂っぽく見えるものの、妙に似合っているために不潔な印象はもたらさない。
 唖然としてこちらを見るシエラの視線に気がついたのか、男は「うん?」と腰を曲げて視線を合わせてきた。

「これは驚いた。おぬし、姫神か」
「……そう呼ばれることもある。私はシエラ・ディサイヤ。お前は?」
「はっはぁ! かようなおなごに“お前”呼ばわりか! いやいや、結構、実にいい。私はシーカー。シークと呼んでくれてもかまわん。旅の者だ」
「シーカー? じゃあ、あなたがバスィールのゆってた古いおともだちなの?」
「おお! こんな小さな嬢もおったのか。気づかずにすまんな。いやなに、最近目が悪くなってきてな。お? おおお! 時渡りの子までおるではないか! なんと、これは重畳重畳。――して、なんだったか……、ああそう、そうだ、ジアの話だったな。いかにも、私はこやつの旧友よ。これがまだ母御の腹におった頃から知っておる」

 何事かと隣のテーブルから様子を見に来たフォルクハルトの手からひょいっとジョッキを奪い、シーカーと名乗った男はシエラの隣にどっかりと腰を下ろした。古びた外套(ローブ)からは埃が立ち、足を組んだ拍子に汚れたブーツが重たげに床を叩く。その衝撃で、テーブルの上の食器が僅かに跳ねた。
 あまりに堂々とした振る舞いに、ジョッキを奪われたフォルクハルトも抗議の声がしばし遅れたらしい。はっとして噛みつきにいったがもう遅く、シーカーは楽しげに笑って自己紹介をし始めた。
 毒気を抜かれるとはこのことなのだろう。脱力したフォルクハルトに気を利かせた侍女が新しい酒を持ってきたところで、バスィールが静かに口を開いた。

「そなたがここを出て、十二年の時が流れた。なにゆえ、今戻ったのか」
「十二年? となるとおぬし、もしや今は二十七か。それは大きくなっても当然だな。昔はこれほどに、」
「シーク。我が友に問う。なにゆえ、そなたは、“今”、この地に戻ったのか」

 シーカーを見下ろしながらのその問いは、静かながらもはぐらかすことを許さない響きがあった。
 彼らの間にどんな関係や過去があったのかは知らないが、現在漂う空気は久しぶりに再会した友人達のそれとは思えない。口を挟めず見守りに徹していると、やがてシーカーが困ったように己の頭を掻いたのち、シエラの皿から肉を一欠片つまんでいった。
 蝋燭の揺れる炎に照らされた瞳は、誰かとよく似た新緑の緑だ。


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