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「それにしても、困りましたね」
「まったくだ。……竜の言うことは、意味が分からない」

 脳裏に描いたのは、空を映した竜王の姿だ。
 竜の城で王と謁見が許されたシエラ達は、加護を求めに来たことを正直に話した。ディルートの海神ルタンシーンからの啓示であることも伝え、最低限の礼節は守ったはずだった。
 ――だが。

「『くさい』って、どういう意味だ……」

 思わず腕の匂いをすんと嗅いでみたが、それほど悪臭が漂っているとは思えない。アフサルの好意で風呂に入ったばかりだから、それも当然だ。大鳥に跨っていたため、服に多少の獣臭さは移っているものの、別段気になるほどでもない。
 それでも、竜王はシエラを見て蔑むように「くさい」と言った。
 そこから先はもう、訳が分からなかった。加護を授かるどころではない。竜王は配下の者達に指示を出し、シエラ達を城から叩き出すように命じたのだ。話を聞いてくれと懇願したシエラに、竜王は嫌悪感を露わに言った。
 ――「裏切り者の臭いなど、持ち込むな」と。
 いくらヴィシャムやフォルクハルトの腕に覚えがあっても、竜を相手に素手で敵うはずもない。ましてや、武器があったところで太刀打ちできるはずもなかっただろう。なにしろ相手は幻獣界最強種族と名高い竜だ。それも王を守護する精鋭ばかりとあっては、剣を交えたところで無残な結果に終わったに違いない。
 竜達によって問答無用で抱えられ、シエラ達はあっという間に城の外へと放り出された。竜化していたテュールなど、まるでボールのような扱いだった。唯一バスィールだけは指一本触れられていない様子だったが、それでも向けられる眼差しの鋭さは変わらなかった。
 再び目通りを願い出たところで門番に追い返される始末で、火を吐かれる前にと麓の村へ移動して今に至る。
 アフサルの使いによって話は通っていたようで、村の者は皆シエラ達を歓迎してくれた。小さな村ながらも十分な広さを持つ村長の屋敷に迎え入れられ、しばらくの滞在を許されたのである。
 豪勢な食事と質のいい酒は心と身体を癒すものの、ひっそりとした雰囲気の村にはいささか不釣り合いなものだ。
 梁の巡らされた天井は煤で汚れているが、太く立派なものであることが伺える。広々とした食堂を照らす壁の燭台も凝った造りで、磨けばアスラナ王都の店先に並んでいても見劣りしないだろう。その違和感にいち早く気がついたのは、ライナとルチアの二人だった。

「へんなの。ここ、とーっても田舎なのに、たからものがいっぱいだねぇ」
「ルチアもそう思いますか?」
「うん。だってあそこの絵、モンフォワのだよ? ホーテンさまが好きだったから、ルチア分かるよ。あとね、この食器もぜーんぶ銀でできてる。ねー、テュール?」
「てゅーる、ぎん、すき。おいしいよ」
「お願いですから、食べないでくださいね。……それにしても、モンフォワの作品がこんなところにあるだなんて」
「モンフォワって……、有名なのか?」

 ルチアが指し示した壁の絵は、森と空を描いた風景画だった。余った木材で作ったような木枠に入れられているので、有名な画家の描いたものには見えない。燭台の近くに掛けられているせいで、絵そのものにも煤がついてしまっているからなおさらだ。
 隣のテーブルでヴィシャムに食ってかかるフォルクハルトを視界の端に収めながら、ライナはたまらずといった風体で頭を抱えた。それが品のない同行者に対するものか、別のものに向けられたものなのかは分からない。

「ギュスカル・モンフォワ。五十年ほど前の画家です。彼は類稀なる才能を持ち、戦場画や残酷な拷問の様子ばかりを取り憑かれたように描いていたとか。だからこそ、穏やかな作品はとても希少価値が高く、一枚の絵で城中の人間が一年は遊んで暮らせるほどの値がつけられています」
「……ちょっと待て、そんな高価な作品が、こんなところに?」

 声を潜めて周りを伺ったシエラの目に飛び込んできたのは、薄汚れたネズミがパンの欠片を咥えて壁の穴に消えていく姿だった。
 竜の国が存在する山の麓。
 その小さな村の、村長の屋敷。広さは十分だが、それでも貴族から見れば馬小屋程度のものだろう。建物は古く、修繕を必要とする個所も多く見受けられる。迎え入れてくれた村長自身、身なりは質素で、贅沢な暮らしをしているようにも見えなかった。
 それなのに、ひとたび中に入ればこれだ。


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