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「花には心を癒す効果があると思っておりましたが、どうやら総隊長には違うらしい。この花に、なにかおつらい思い出でも?」
「え?」
「切ない、やるせない、痛ましい――そんなお顔をなさっておられますよ。意気消沈という言葉が相応しいでしょうか。ああ、いえ、勘違いなきよう。責めているわけではありません。むしろ貴方は、そのくらいの方がお年に相応しい」
「……俺は、そんな顔を?」
「ええ。年増の女からすれば、思わず頭を撫で回したくなるような」

 純白の軍服を纏った女騎士は悪戯っぽく笑って胸を張り、エルクディアを見上げた。

「年増ってそんな、セフレーニアはまだ……」
「おや、お優しい。母には、三十を超えてまだ嫁に行かないのかと散々詰られるというのに。先日も父からお叱りの手紙を頂戴したところですよ」

 確かに彼女の年で未婚の女は少なかったので、エルクディアは返す言葉に迷って口を噤んだ。その賢明な判断に気をよくしたのか、セフレーニアが満面の笑みで大きく頷く。
 黒髪の女騎士は足元で揺れる黄色い絨毯の中から、綺麗なまま落ちた花を拾い上げて手のひらに乗せて見せてきた。その鮮やかさに、またしてもあの子の声がよみがえる。

「ケリアの花は、お嫌いですか?」
「え、いや……。嫌いじゃないんだ。ただ、……そうだな、貴女の言ったように、少し思い出すことがあって。つらい記憶でもないのに、不思議だな」
「花というのは毎年咲きますから、思い出を宿すと、そのたびに心を染め上げてくるものです。それゆえ、惚れた相手に花の名前を教えておけ、なんて恋愛指南がなされるほどに」
「そんなのがあるのか?」
「ええ。若い娘達がはしゃいでおりますよ。なんでも、城下の占い師がそう言ったそうです。そうなるともう、暇を見つけた子から次々に通い始めて……。いやはや、若いというのは素晴らしい」

 そう言うセフレーニア自身もまだ三十を少し過ぎただけだというのに、まるで老女のような物言いだ。化粧気こそないものの、ぴんと張りのある肌は年増などと言う表現からはほど遠い。
 じゃれ合う子猫を見つめるように優しい瞳で、彼女は手のひらに乗せた花を愛撫した。

「――なぜ、あのような態度を取られるんですか?」
「あのような、って……」
「お節介は重々承知の上ですが、いや、どうにも気になりまして。貴方ほど聡明な方なら、もう少し上手く立ち回れたのではないのかと……失礼な物言いにはなりますが、いささか今の貴方は見苦しい」
「見苦しい……」
「ああ、騎士団のことではありませんよ。先日の魔導師戦においてのご判断は、素晴らしいものでした。――そうではなく、男女のことについて。以前はお上手に楽しんでおられましたのに、いかがなさいました?」

 言葉はあくまでも柔らかく、そこに棘はない。本当にお節介と知りつつ訊ねてくる人のそれだったので、エルクディアの気も僅かに緩んだ。相手が女性で、年上だったこともあるかもしれない。優しく包み込むようなその笑みを前に、取り繕おうとして失敗した、それこそ見苦しい表情が張りついた。
 以前は上手に楽しんでいたと言われて、そんなこともあったと苦い思いに浸ったのは一瞬だ。もうあの頃の割り切り方が分からなくなっている。それを思い出す余裕もない。今のこの感情を抑え込むのに精一杯なのだから。

「……俺は、そんなに分かりやすいか?」
「こうまで態度に出されては、気づくなと言う方が無茶です。諦めるのでしたら、すっぱり諦めておしまいなさい。いつまでも未練がましいお姿を晒していては、シエラ様とてお可哀想だ」

 はっきりと口に出された名に、目に見えて動揺した。そんなエルクディアを笑うでもなく、セフレーニアはじっと見上げてくる。

「そうだな。……確かにそうだ。悪かった、これ以上みっともない姿を晒さないようにするよ。綺麗さっぱり諦める」
「なるほど。では、総隊長。――少し、失礼を」



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