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 しばらくテュールと他愛のない話を楽しんでいると、涼やかな音が夜の静寂を震わせた。はっとして振り向けば、闇夜に溶け込むようにして立つアフサルの姿があった。はっきりと見て取れたのは、星明かりに浮かび上がる極彩色の衣のおかげだ。

「よろしいですかな、姫神様」

 頷くと、アフサルはシエラからつかず離れずの距離に立って同じように町を見下ろし、刺青の刻まれた顔に笑い皺を加えた。彼から立ち昇る香りは、バスィールのものよりも少しぴりっとしている。
 ここに来てからずっと抱いていた疑問を、シエラはふと切り出した。

「少し、聞きたい。竜の国はどこにあるんだ? ここでは見かけないが、どこかに隠れていたりするのか?」
「彼らが身を隠す必要はございません。隠れているのではなく、ただ、我らの前に姿を現す必要がないのです。竜の国そのものは、まぎれもなくこのオリヴィニスにございます。竜の宮殿は、空に」
「空?」
「ええ。かつては谷間にございました。それに、空と言いましても、今は見えぬ彼方の山――空を貫く竜山の頂上にございます。人の足では到底登ることはできません。雲の上に広がる高地に、竜は暮らしております」

 ファルゥの都に来る直前、大鳥に跨る前に立っていたあの場所も高台だった。そこから一続きになって遠くまで広がる山々は、確かに彼方で雲を貫くほど高かった。
 ならばあそこにいるのか。この世で最も強い種族と噂される、幻の生き物が。

「だとしたら、竜王にはどうやって会うんだ? 人間は登れないんだろう」
「ご心配には及びません。大鳥がおります」

 フォルクハルトとヴィシャムのことを思うとなんともいえない気持ちになったが、今度はちゃんと全員が騎乗できるだけの大鳥を呼ぶと言って、アフサルは闊達に笑った。
 海中深くに潜ったかと思えば、今度は雲より高い空の上だ。神の後継者とは、随分様々な経験ができるらしい。

「オリヴィニスの民は古来より、竜と共に歩んでまいりました。大鳥は彼らが示した唯一の交通手段でもあります。慣れぬ方には少々乗り心地が気になりましょうが、ご容赦ください」
「いや、私は平気だが……。それより、オリヴィニスの人達はなぜ竜と共存することを選んだんだ? そのために国を閉ざしたのか?」
「――これは、これは。難しい問いにございます。我らの祖がなにを思ってこの地に定住することを選んだのか、定かではありません。しかしながら、“竜の足元に眠ることを許された”と伝えられております。それ以来、我らは常に竜と共にあった。この地には、誰もが望まれる金銀鉱脈が眠っておりますが、姫神様はご存知ですかな?」
「ルチアから聞いた。それは本当なのか?」

 本当だとしたら、周りが放っておくはずがない。それゆえに何度も侵攻され、オリヴィニスの民は武器を手に取ったのだという。
 アフサルは深い溜息を吐くと、輝く星空を見上げて言った。

「真実にございます。しかし、それは竜の宝。我ら人のものではございません。我らは地上で彼らの宝を守る代わりに、この地に定住することが許されたのだそうです。我らオリヴィニスの僧は特に勘に優れておりますから、守り手としてはうってつけだったのでしょう」
「……自分のものにしたいとは思わなかったのか?」
「オリヴィニスの民の多くは満たされております。わざわざ盗みを働こうなどとは考えません。無論、過去には金や銀に目がくらんだ者もおりますが、彼らは皆、裁きを受けました。オリヴィニスに暮らす者は我ら僧の“目”がどれほど鋭いか分かっていても、外に暮らす方にはお分かりいただけない。財宝があるなら、あるだけ奪っていこうとお考えになる。ゆえ、我らは国を閉ざしたのです。竜との約束を守るために」
「それで鎖国を? ここはどこまでも変わった国なんだな……」
「アスラナほどではありますまい」

 甘えたい盛りの子どもと同じようにテュールがアフサルに両手を伸ばし、抱っこをせがんだ。アフサルも笑顔でそれに応じてやり、傍目には祖父と孫の触れ合いのような微笑ましい光景が出来上がる。
 アスラナほどではないと言った彼の真意がどこにあるのか、シエラには聞くことができなかった。どういう意味かと訊ねるよりも先に、アフサルが質問を投げてきたからだ。



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