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「……竜を。私達は、竜に会いに来た」

 どんな偽りも見破るというのなら、真実を話すより他にない。
 ホーリーの海神に与えられた祝福と神託のくだりを素直に話し、竜の加護を求めているとアフサルに告げた。その間、彼は柔らかな双眸でじっとシエラを見つめていたが、やがてゆっくりと口元を綻ばせた。手を合わせて深々と礼をしたアフサルの長い黒髪が、床の上に流線を描いていく。
 シエラにぴたりと寄り添っていたテュールが、危なげなく立ち上がってアフサルのもとへと駆け寄っていった。突然のことに止める間もない。一目見た限りでは竜の子とは思えぬ幼子が、極彩色の海に飛び込む。

「なるほど、そうですか。……竜の加護を。道理で、竜の子がおられるわけですな」
「それが竜だと分かるのか?」
「ええ。我らオリヴィニスの民は、姫神様のご存知の通り、古来よりあの気高き生き物達と共存してまいりました。いかに牙を隠し、翼を畳もうと、彼らの澄み切った魂の輝きは衰えません」
「つまりなにか。あんたらは竜の居場所を知ってるっつーことか」
「いかにも。加護をお望みでしたら、竜の王にお会いするのがよろしいでしょう。使いの者を出しますゆえ、皆々様、それまでしばしお休みになられてはいかがですかな。お部屋をご用意いたしましょう」

 なにやらフォルクハルトが小さく悲鳴を上げたと思ったら、ぞんざいな物言いをした罰として、その背をヴィシャムが思い切りつねっていたらしい。

「いってーな! なにすんだよ!!」
「イイコにおすわりしてろ、フォルト。まったく……。躾が行き届いておらず申し訳ありません、マナーフ殿。ところで、今、竜の王と仰いましたか?」
「いかにも。ここはオリヴィニスという国でありながら、竜の国としての顔も持つ土地。かの国は王が君臨し、民を治めておいでだ」
「マナーフ殿は、実際に竜の王にお会いしたことが?」

 ヴィシャムの問いに、アフサルは笑みを浮かべて頷いた。
 
「竜の王は尊い。気高く、強く、――人とは異なる。姫神様、どうかお忘れなきよう。人と竜、人と神。我らは皆異なる生き物です。どれほど“似ている”と思われようとも、まったく別なるものです」
「まったく別なるもの……?」
「ええ。竜の王との謁見には我が弟子を同行させますゆえ、そのことのみ留め置きくださればご心配はありますまい」
「ぼーさんってのはどいつもこいつも要領を得ねぇ言い方ばっかしやがるな」
「フォールートー?」

 面倒臭そうに吐き捨てたフォルクハルトの悪態を気にした風もなく笑い、アフサルは控えていた僧侶達に短く指示を出してその場を綺麗に執り成した。
 あっという間にシエラ達にも客間が宛がわれ、沸かしたての湯で身体まで洗えると聞かされては、急速に気が緩んでいくのを止められない。なにしろ、ここまで来る間にまともな湯浴みなど一度もできなかったのだ。川や湖で軽く水を浴びることはあったけれど、春先の冷えが残る今時分では風邪を引いてしまうから、本当に気休め程度だ。
 旅の汚れで髪は軋むし、服もどろどろに汚れてしまっている。女官達が持たせてくれた包みの中に全員分の替えの衣服が入ってあると聞いているから、服が渇くのを待つ心配もない。
 詳しい話は汚れを落としてひと眠りし、身も心もすっきりさせてから。
 誰もがその案に賛同し、フォルクハルトが真っ先に立ち上がったのだった。


+ + +



 十番隊アスクレピオスの隊長、フェリクス・ブラントが重傷を負った。
 対魔導師戦において胸部及び大腿部に被弾、特殊金属の脅威をアスラナの戦士達にその身をもって伝える結果となった。
 魔物の牙を受けた左腕は毒を浴びたことによる壊疽が進み、やむなく切断。
 一命は取り留めたものの、勇猛果敢な「剛腕の大蛇」は隻腕となり、今もまだ前線に復帰できずにいる――……。

「だってさ、ハーディ」

 羊皮紙の端に火をつける。炎が移ってじわじわと食らい尽くす様を眺めながら、王都騎士団九番隊スコーピオウの隊長アリス・ファルが軽く肩を竦めた。
 赤褐色の髪は顎の線に沿って一部短く切り揃えられ、後ろは背の中ほどまでまっすぐに伸ばされている。乾留液(タール)のような瞳は小粒ながらも、くりくりとしていて愛らしい。白い肌を染め上げるほんのりと赤い血色が魅力的なその人は、男女の別が曖昧な風貌だった。とはいえ、名を聞けば誰もが女性だと判断しただろう。
 しかしアリスは、――彼は、れっきとした男性だった。


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