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 これにより、ホーリーとエルガートの関係はより親密なものになるだろう。少し言葉を交わしただけで、あの二人の仲がただの政治的な結びつきでないことは見て取れた。
 ラティエ家の王子とファイエルジンガー家長女の婚約そのものは彼らが生まれる前から言われていたことだから、そう驚くことではない。感服するのはその方法だ。クレメンティアは幼少の頃からホーリーに通い、未来の夫となる王子達と顔を合わせてきたと聞く。こんなことは世界的に見てかなり珍しい。大貴族の結婚ともなれば、顔も知らない相手と式当日に初めて対面することもままあることだ。
 その慣習を、ホーリー王マルセル・ラティエは改めた。幼い頃から交友させることで好感を抱きやすくし、家と家の結びつき以外の感情を持たせるようにしたのだ。否と言わせることのない政略結婚ながら、当人達には恋愛結婚と変わらない気持ちを抱かせる。これでまず、ファイエルジンガー家がラティエ家を裏切ることはない。

「これでホーリーとエルガートの結びつきはますます強くなる。それどころか、姫の方は名を変えてアスラナで神官として勤めているという。公爵令嬢ともあろうものが、他国に奉仕なさっておられるのだから驚きだ。それも、神の後継者のご友人らしい」
「馬鹿な。ファイエルジンガー公はそれを許していたと? なんでまた……」
「ファイエルジンガー公もあれでいて強かな男だ。大国アスラナに恩を売るつもりだったのやもしれんな。送り込んだ娘が万が一死んだとしても、娘はもう一人いる。いくらでも替えは効こう」

 エルガートの公爵令嬢は銀の髪を揺らして笑っていた。その傍らに、傾国の美姫と呼んでもまだ足りぬほどの美貌を惜しげもなく披露する娘が立っていたことを、スティーグははっきりと記憶している。
 数々の浮名を流すスティーグだが、あれほど美しい女がこの世に存在するとは思ってもみなかった。今まで相手をしてきた女達も皆美しかったが、あれは――神の後継者は、段違いだった。あれは人の持てる美しさではない。あんなものを人の括りにしては、世の美女達が皆枯れてしまうに違いない。

「その替えの効く駒が、思わぬ大物を釣り上げたんだ。ファイエルジンガー公も諸手を上げてお喜びに違いないさ」
「しかしそうなると、あれか。ファイエルジンガー家は嬢に戻れとは言わんだろうし、アスラナはアスラナで嬢を手放す気もないと、そういうことだな?」
「だろうな。あの三国は今まで以上に強固な絆を結ぶだろうよ」

 今のアスラナはホーリーの次期王妃を抱えていることになる。聖職者として働かせ、万が一のことがあればどう責任を取ってみせるのだろう。エルガートの公爵令嬢でありホーリーの次期王妃であるあの少女は、アスラナにとっては毒にも薬にも化ける代物だ。

「だが、その結びつきがアスラナにとっては痛手になるやもしれんな」
「……聖三国同盟を崩すきっかけになるかもしれないということか」
「それもこれも、アスラナがなにかやらかしてくれんことには話にならんがな。だが、そう遠くはない未来に、ホーリーの軍団がアスラナを攻め滅ぼしてくれるやもしれんぞ。そうなると天下のテュヒュール騎士団も指をくわえて見ているだけかもしれんな」

 ホーリーが誇る最速の機動力を持った軍勢が海からアスラナを食らっていく様を想像し、その光景にスティーグは乾杯した。


+ + +



 ファルゥの地上が近づくなり、大鳥は掴んでいたヴィシャムとフォルクハルトをあっさりと解放した。解放と言えばまだ聞こえはいいが、言葉を飾らずに言えば、彼らは空中から突然投げ捨てられたも同然である。見るからに硬い地面に放り出された二人は、その運動神経を最大限に発揮して受け身を取ったものの、着地した大鳥の風圧によってあっさりと地面を二転三転するはめになった。
 舞い上がる砂塵に為す術もなく翻弄されていたフォルクハルトが、片膝をついた体勢で獣のように低く唸る。シエラ達が大鳥の背中から降りるなり、彼は辺りにわんと響くほどの大音声(だいおんじょう)でバスィールに食ってかかった。

「テッメェこのクソ坊主! 一回殴らせろ!! ――コルァッ、避けんな!」
「暴力を受ける理由が見当たらない。なにゆえ、貴殿は拳を振るうのか」
「なにゆえだぁ!? ンなもんどう考えてもこの現状だろうが! 人を餌かなんかみてぇに運びやがって、こっちは死ぬかと思ったんだぞ!」
「へえ、フォルト。お前怖かったのか」
「ああ!? 虎野郎は黙ってろ! 俺は今このクソ坊主と喋って、」
「そんなに怖かったなら言ってくれればよかったのに。そうしたら手でも繋いでおいてあげたものを。可哀想に、抱き締めてやるからこっちへ来い」

 誰が見てもからかっているのは明白だったが、フォルクハルトはいっそ素直と表現するに相応しいほど目を三角にしてヴィシャムを睨み、絞め上げようと飛びかかっている。ざんばら頭が激しい動きによって余計に乱れ、砂埃にまみれた姿は王宮から来た人間とは思えなかった。


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