7 [ 585/682 ]


「しかし、あの目がな……」
「目?」
「アスラナ王の目だ。王妃を泳がせ、周りに獣を――まあ我らのことだが――を群がらせ、対面させる。どうなるかは分かるな? 哀れな王妃は懸命に努力しておられたが、そんなものは長くはもたない。なんだこの程度の娘かと我らに示したところで、さっと迎えに来て『これには手を出すな』と目で語りかけてくる。自分のものを見せびらかしたいただの愚鈍か? それにしては、あの目は冷ややかすぎる」
「ほう……。あえて王妃の出来の悪さを示していると?」
「そうとしか思えん。が、なぜそうするのか、なにを考えているのかさっぱりだ。こればかりはお手上げだな。自国の弱みを晒し、付け入る隙を与える王がどこにいる? それによって攻撃を誘い、倍の力で反撃するのなら分かる。だが、これではどうにもならん。せいぜいが嘲笑され、侮られるだけだ。実体のない攻撃に反撃のしようもない」
「ふうむ……。分からんな。案外、その娘が金脈の在り処でも知っていたりしてな。娘自体が宝の地図だとすれば、それはそれは大事にするだろうよ」

 アスラナ王妃は田舎の小さな島の出だという。ならばその島に、とんでもないお宝が眠っているのではないか。
 酒杯を片手に、アロイジウスはそう笑った。

「なんだと……? いや、存外あり得るやもしれんぞ」
「おい、スティーグ、本気にするな。冗談だ。もし本当にそうだとしたら、わざわざ結婚なんぞせんでもどうにでもできただろう。アスラナ王ほどの男なら、小娘を誑かして宝の在り処を吐かせるくらい容易いはずだぞ」

 冗談を本気に取られ、興が醒めたとばかりに眉間にしわを刻んだアロイジウスだったが、スティーグの肉食獣のような笑みを前に追撃の言葉を引っ込めた。
 アロイジウスの言うことも確かだ。アスラナ王ほどの男なら、初心な娘を手玉に取ることなど赤子の手を捻るよりも容易いだろう。

「なにも宝は金銀財宝だけではない。あの娘をなんとしてでも手元に置いておかねばならんのだとしたら、どうだ。あの男が得たい“金脈”がなにかは分からん。だが、いずれあの娘がそれを得る鍵となるのなら。手元に置いて囲い、これは自分のものだと主張する。王妃となれば他の誰も手が出せん。他国でさえもだ。その上で、この娘は取るに足らないものだと示す。誰もがあの田舎娘を侮り、嘲笑するが、それだけだ。あとはもう、ただの小娘に関心など寄せん」
「……なんの変哲もない娘だったんじゃないのか?」
「今はな。――ま、考えたところでどうしようもない。これから情報を集め、じっくり観察していくことにしよう」

 幼さの残る表情に、色を知らない立ち振る舞い。アスラナ王の思惑がどこにあるのかは分からない。あの娘がなにを秘めているのかも、まだなにも。けれど、それらは時が暴いてくれることだろう。
 あるいは、我慢しきれず獣の国が飛びかかるか。
 聖なる国アスラナは聖職者に恵まれているが、それだけ魔物にかかりきりにならなければならないということでもある。清廉な銀の輝きを穢すのは魔物の血だけではないことを、彼らは知っているのだろうか。

「しかし、それよりも今厄介なのはホーリーとエルガートのことだ」
「あの二国がどうした?」
「シルディ殿下とクレメンティア姫の婚約だ。式のあとの舞踏会で発表があった」
「なんと……」

 アロイジウスはグラスを置き、驚きを隠さないまま一つ息を吐いた。どれほど無骨な男であろうと、戦しか能がない馬鹿ではない。あの二人が婚約する意味を分からないわけもなかった。
 違いなど分からぬくせに燭台の明かりにグラスを翳し、アロイジウスがスティーグに意味深な目を向ける。

「しかし、“今”か。アスラナ王が王妃を得たその日に、発表するとは……。第三王子は上二人の搾りかすだと聞いていたが、それが王子の判断だとすると侮れないな。ホーリー王か、王子自身か。スティーグ、お前はどっちだと思う?」
「殿下にはレンツォ・ウィズがいる。あれの案かとも思ったが、どうだろうな。なんにせよ、相思相愛で婚姻という流れなら、アスラナ王よりよほど彼らの方がお似合いだ」
「ほう。珍しいこともあるものだな。王族と公爵家の人間が、恋愛結婚か」



[*prev] [next#]
しおりを挟む


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -