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 帝国騎士団としても高名なテュヒュール騎士団だ。その団長ともなれば数多くの武勇が存在し、噂は豪奢な尾鰭を纏って人々の間を泳いでいく。知らぬ者には逞しい肉体の美青年とも、優美な美青年とも称されているアロイジウスだが、実際は美からは縁遠い男だった。
 漆黒の髪は「夜に溶けるような」などといった装飾がついて語られるが、油でぴっちりと七対三の割合で分けられた前髪は野暮ったい以外の何者でもないし、なにより恐ろしいまでに似合わない。左の額から鼻筋を通り、右の顎まで走った一線の傷跡が目を引き、眉根を寄せずにはいられない無精ひげが剃られることなく残った顔は、華奢や優美という言葉を一度粉になるまで噛み砕いてから固めた石像のようだった。
 こんな男でも美化されて語られるのだから、戦での手柄がもたらす影響がどれほどのものか分かるだろう。

「見た目からは想像がつかんが、女は侮れん。純粋無垢な処女を気取っておいて、実は何人もの男を平気でくわえ込むあばずれもいるだろう」
「スティーグ、お前、妙に厳しいな」
「なにか引っかかる。アスラナ王は王妃に骨抜きにされていると夢見る乙女達は言っていたが、そんなはずがない。あれほど旨みのない娘を正妻に据えるくらいだ、よほど公にできん妾がいるのかと思ったが、どこかに通っている様子もないという」
「真に惚れ込んだということはないのか? アスラナ王も人間だ。少々趣味が悪いにせよ、ありえぬわけでもあるまい」
「趣味に関してお前に言われては、アスラナ王も心外だろうよ。――いいか、あんなものは見れば分かる。第一、心底惚れ込んでいるのであればあんな出し方はせんだろうさ。訊くが、アロイジウス。お前なら、惚れた相手を飢えた獣の檻の真ん中に放り込むか?」
「……いいや」
「そんなものはどこの愚王でも古来から共通していることだ。愛した女は妾として囲う。正妻をないがしろにする馬鹿もいるが、それの方がまだマシだろう。かつてのムラン国の馬鹿王ですら、馬屋番の娘を第二妾妃に留めおいたぞ」

 現在はプルーアスの従事国となったムラン王国は、数年前の内乱で大荒れに荒れた。大華五国にとっては小さな国で起きた些末な争いだったが、かの国では今後の存亡を揺るがす大事件だっただろう。
 内乱のきっかけは、当時のムラン王が使用人の娘に寵愛を傾け過ぎたことによるものだった。第二妾妃として王宮に迎え入れ、溺愛し、妾妃の望みはなんでも叶えた。贅沢な暮らしに舞い上がった娘の我儘を、王は次から次へと聞き入れて、国庫に穴をあけそうにまでなったという。
 当然、これを正妃がよく思うはずがない。ましてやその享楽ぶりに、臣下達も次第に苦い顔をし始めた。妾とはいえ正式に王の寵愛を受けている以上、相手がどんな生まれであれ敬わなければならない。それが何百年と続く由緒ある血筋の公爵だろうと例外はない。尊い血統を持つ男ですら、元使用人の娘に頭を下げなければならないのだ。
 ムランの正妃は利口な人だった。表向きは夫のよそ見を許し、笑顔で妾妃をかわいがり、その傍らでじっくりと時間をかけて己の賛同者を募っていった。今の王は女狐に誑かされ、腑抜けてしまった。これではムランの未来はない。――そうして立ち上がった反乱軍の代表が、現ムラン王である。
 王弟であった彼は兄の体たらくを嘆き、軍を率いて兄を討った。王妃の手引きによって、王宮の警備はあってないようなものだったという。血縁者であろうと王を弑した者は重罪人の逆賊として扱われるのが法だが、臣下達のほとんどが王弟の肩を持ち、宰相の「正道のために」との言を持って逆賊を英雄に改めた。
 かくしてあの小国は、弟が兄に成り代わって玉座についたのである。

「王宮に安全な場所などないと言っても過言ではない。妾として迎えようが、結果、数多の恨みを買うことになろうよ。真に惚れているのなら、あんな場に、それもあんな形で見せびらかしはせんだろう」
「しかし、政治的価値のない娘なんだろう? それを迎えてどうしようというんだ」
「分からん。長年政治の場についていた宰相どのですら首を傾げておられる。いっそ、裏をかいて本物の馬鹿であればいいのだがな」

 アスラナ王が心底あの娘に惚れ込んでおり、一切の理性も吹き飛んで周りが見えなくなっているというのなら、それはそれでいい。苦労するのはアスラナだけで、他国に被害はない。


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