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「……少々お尋ねしたいが、バスィール殿。もしや、我々にもこの生き物に乗れと仰る? その上で、ここを降りろと」
「いかにも。なにか不都合があろうか」
「不都合だらけだっての! 大体、これにどうやって乗るんだよ! 背中に乗るにしても、三人が限界だろ。コイツがどんだけの速さで飛ぶのか知らねぇが、行って帰ってっつーのも時間の無駄だろうがよ」
「心配は無用。背に姫神様とライナ嬢、ルチア嬢が騎乗し、そなたらが脚に掴まれば一息に飛ぶことができる。これでよろしかろう」
「よろしかろうって、あんたな……」
「ぜんっぜんよろしくねぇよ」と呟いて絶句するフォルクハルトを見つめるバスィールに悪気などあるわけもなく、ここではその手段が当たり前なのだと思い知らされる。
轡を噛まされた大鳥は、黄色の嘴をカチカチと鳴らしてシエラの視線に応えた。頭は白く、身体は黒にも見える焦げ茶の羽毛で覆われている。脚は嘴と同じ黄色で、尾羽は白い。瞳は研ぎ澄まされた刃のように鋭く、背中に人を乗せて飛ぶような生き物には見えない。
醜悪な魔物は見慣れている聖職者達も、これほど気高い生き物を前にすると気が引けるのか、ライナもヴィシャム達もどこか緊張した面持ちだ。
ひゅう、と、乾いた風が吹く。
眼下に広がる砂の大地は静かにそこに佇み、このまま帰ろうとも知ったことではないと言う風に構えている。
ここは閉ざされた国、オリヴィニスだ。シエラの持つ常識が通じるとは思えない。そう考えた途端、覚悟が決まった。
「ジア、案内を頼む」
「承知致しました。準備を致しますので、少々お待ちください」
バスィールの手を借りながら、シエラ達は恐る恐る大鳥の背に騎乗した。獣独特の匂いと温かさが肌に伝わり、柔らかな羽の感覚に心臓が早鐘を打ち始める。バスィールを先頭にしてシエラとライナがその後ろに騎乗したが、それでも大鳥の背中には余裕があった。シエラの腕の中に納まったルチアが、大鳥の背にしがみつくように上体を倒してはしゃいでいる。
身体を低くさせた大鳥に近づいたときは鋭く睨まれはしたものの、バスィールが笛を吹けばあっという間に大人しくなった。背に乗っても振り落とすような真似はせず、大人しく首の辺りを掴ませてくれている。長めにとられた手綱の端を二人でしっかりと掴み、シエラとライナは互いに身を寄せ合った。
ライナの顔が緊張に強張っている。けらけらと笑っているのはルチアと、頭上を飛ぶテュールくらいなものだ。物騒なことこの上ない足元に掴まれと言われたヴィシャムとフォルクハルトは、うんざりとした顔でバスィールの指示を待っていた。
「オイ、俺達はこっからどーすりゃいいんだよ」
「大鳥に掴ませるゆえ、楽になされよ」
「掴ませる? バスィール殿、それはどういう――、」
どういう意味かと問いかけたヴィシャムの言葉を遮るように笛が鳴り、大鳥が大きく羽ばたいた。背が揺れる。ライナが悲鳴を上げ、ルチアがはしゃいだ声を上げた。
一際大きな揺れに息を飲んだそのとき、内臓がふわりと浮き上がるような奇妙な感覚がシエラを襲う。大鳥の足が地面から離れたのだと気づいた次の瞬間、フォルクハルトの罵声が風に紛れて聞こえた。
「テメェ!! あとでぜってぇブン殴るからなっ、クソ坊主!!」
下を見る余裕などない。再び甲高く笛の音が響いたそのとき、シエラの見る景色は途端に色を変えていたのだから。
風が頬を打ち、髪を嬲る。
「きゃあああ! すっごーい!」
ルチアがそんなことを叫んだが、ほとんど風の音に紛れて聞こえなかった。ライナと繋いだ右手がぎりりと痛み、お互いに恐怖と緊張で力を入れすぎているのだと悟る。
笛が鳴り、大鳥が鳴く。ぐんっと身体が揺さぶられ、空が近づく。地面は遥か下、振り返れば今までいた高台が遠くに見えた。
――信じられない。
大きな翼が広がり、風を受けて羽毛が震えている。涼しい顔で大鳥を操るバスィールの横顔を見、その向こうに負けじとついてくるテュールの姿を見つけた瞬間、シエラは思わず笑い出していた。うっすらと涙を浮かべたライナがこちらを見る。身体は安定している。大丈夫だと笑いながら手を握ってやり、思い切って左手を離して彼方の空を指さした。
「見ろライナ、綺麗だぞ」
「ほんっと! すごいねぇ、ルチア達、空を飛んでるよ!」
空を滑る。雲を裂いて風を受ける。ぐんぐんと近づいてくる岩山に、集落が広がっているのが見えた。あそこがバルティアール僧院の建つファルゥの都市なのだろう。徐々に右へ旋回しながら、大鳥はファルゥを目指す。