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「りゅうの、くに!」

 どこにも竜の姿は見えないが、時渡りの竜にはなにかが感じ取れるのだろう。左右異色の瞳を輝かせる姿は愛らしく、テュールはその場でぴょんぴょんと跳ねて全身で喜びを表現している。
 アスラナともホーリーともまったく異なる雰囲気を持つ国、オリヴィニス。長きに亘って国を閉ざしていたと聞くが、国境に兵を置くでもなく、険しい自然さえ越えてしまえば足を踏み入れるのはそう難しいことでもない。シエラやライナですらやってくることができたのだから、体力のある者ならなおさらだ。

「んで? 俺たちゃどっち行けばいいんだよ。アラーマっつう都か、そのなんちゃらっつう僧院のあるとこか」
「バルティアール僧院のある、ファルゥの都へ案内いたす」
「ここまで来たからにはお任せしますよ。ところで、ここからどうやって下に降りるつもりなんです? 迂回するとなると、また途方もない時間がかかりそうだが……」
「心配は無用。このままゆけばよろしかろう」

 びゅう、と熱砂を孕んだ風が吹き上げる。
 涼しい顔のまま言い放ったバスィールに、ヴィシャムが笑顔のまま固まり、フォルクハルトは侮蔑の眼差しを隠そうともしなかった。高台とはよく言ったもので、ここはほとんど崖に近い。道中渡った断崖絶壁に比べればいくらか低いものの、それでもアスラナ城の最上階ほどの高さがあるのである。
 足がかりはそうなく、降りるための小道もなければ梯子もない。テュールと一緒に無邪気に下を覗いたルチアが、「飛び降りたらしんじゃうねぇ」となんでもないことのように呟いた。

「このままったってな、どうやって降りんだよ。崖だぞ、崖」

 崖下を覗き込んだフォルクハルトのざんばら髪が風に煽られ、余計に乱れていく。
 どうするつもりかという皆の視線を浴びても平然としていたバスィールが、懐から小さな笛を取り出した。木を削って作られたそれを唇に当て、彼は空に向けて音を奏でる。ピィイ、と高い音が鳴り響き、青空へと消えていく。遠くまでよく聞こえるそれは合図なのだろうが、一体誰に向けられたものなのか。
 ――その答えは、大きな羽音と共に現れた。

「なっ……」
「うわぁー、おっきいねぇ! こんなおっきい鳥、ルチア初めて見たよ!」

 影が差し、風が吹く。目の前に降り立ったそれは、鷲か鷹をそのまま大きくしたような見た目をしていた。だが、その大きさが尋常ではない。ルチアの胴と変わらない太さの脚を持ち、爪は語るまでもなく鋭い。体高はバスィールが二人は縦に並ぶだろうほどで、翼を広げた姿は小さな小屋くらいはすっぽりと覆い隠してしまえそうだった。
 クルルと鳴いてバスィールに頭を摺り寄せる姿は愛らしくも見えるが、なんせその巨大さから、食われてしまうような恐怖を覚える。これほど大きな鳥は見たことがない。かつてホーリーで対峙した魔鳥も大きかったが、あれは魔物だったからだ。今目の前にいるこの鳥からは、魔気はもちろん幻獣のような神気も感じられなかった。

「バスィールさん、この鳥は一体……」
「おそらく鷲であろう。この大きさのものを、我らオリヴィニスの民は大鳥(おおとり)と呼んでいる。アスラナにはおらぬのか」
「少なくともわたしは見たことがありません。アスラナどころか、ホーリーやエルガートでも見ないかと……」
「ならば、騎乗したこともないのだな」

 つんと軽くつつかれただけでごっそりと肉が抉られそうな鳥を前に、今バスィールはなんと言っただろう。ライナは絶句し、ヴィシャムですら視線を彷徨わせた。
 そんなシエラ達を気にした風もなく、バスィールは懐から取り出した縄を手際よく大鳥にかけて即席の轡と手綱をこしらえた。どう見ても飼い慣らせるような生き物ではないが、バスィールの言うことはよく聞くらしい。今も大人しくされるがままにしているが、好奇心に負けたルチアが正面から近づいた途端、大鳥は翼を広げて威嚇した。
 慌ててルチアを抱き寄せ、距離を取る。大鳥の興奮はすぐに収まったものの、やはり控えめに言って、これに乗るなど正気の沙汰ではなかった。
 ちらとライナを見たが、彼女はシエラと目が合うなり硬い表情でふるりと首を振った。「むりです」と唇だけが言葉を形作る。



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