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「おや。このようなところでお楽しみでいらっしゃる?」
「ッ、――カッセル公!?」
「お初にお目にかかります、クレメンティア姫。シルディ殿下とはお久しぶりですね」
「はい。ご無沙汰しております。あなたもいらしていたんですね」

 グラスを片手に微笑む男盛りの男性は、プルーアスの有力貴族スティーグ・カッセルその人だ。ライナはこうして直に言葉を交わすのは初めてだが、礼服に縫い取られた紋章を見ればどういった人かはすぐに分かる。自ら剣を振るう人というだけあり、スティーグの身体は礼服の上からでも逞しさが見て取れた。
 ライナの半歩前に出たシルディの横顔には、先ほどまでの抜けたような表情はない。彼は年上の相手を前にしても怯むことも気後れすることもなく、しゃんと背筋を伸ばして穏やかに笑っていた。

「幸い、我が領地とアスラナは目と鼻の先にありますから。愛すべき隣人の慶事とあれば、駆けつけねばなりますまい」
「それはとてもよいお心がけですね。ホーリーも見習うと致しましょう」
「王子殿下にお褒め頂けると嬉しい限りです。さて、そこでものは相談なのですが……、殿下の婚約者殿と一曲踊らせていただいても構いませんか?」

 スティーグは、初心な女なら一瞬で骨抜きにできそうな色めいた笑みをライナに向け、シルディに許可を求めた。
 相手はプルーアス有数の貴族家の者であり、しかも公爵だ。下手に断って心証を悪くするのは賢い選択ではない。一曲くらいならと頷きかけたライナの目の前を、シルディの背中が完全に覆い隠した。

「申し訳ございません、カッセル公。狭量と思われても仕方ありませんが、私もまだ彼女とは踊れておりません。カッセル公と先に踊られてしまっては私の技量不足に呆れられてしまいますから、今すぐはご遠慮願えますか」
「これはこれは。殿下は謙遜が過ぎるようだ。舞踊の類はとてもお上手だと聞き及んでおりますが?」
「公の方こそ、随分とおだてるのがお上手でいらっしゃる。私など、各所で美しい花を咲かせる公には敵いません。それに、公ほどの方であれば、クレメンティアでなくとも引手数多にございましょう。どうです、私と彼女が一曲踊っている間に、他のご婦人をお誘いになられては。曲が終われば、互いに相手を変えてみるのもこういった場の楽しみの一つでしょう」
「確かに、殿下の仰るとおりですな。それでは、また後ほど」
「ええ、また」

 優雅に腰を折って一礼し、スティーグが立ち去る。
 振り向いたシルディは、満面の笑みでライナに手を差し出した。

「というわけだから、踊ろうか」
「……なんですか、それ」
「ほら、行こうよ。カッセル公に嘘ついたことになっちゃうから。クレメンティア、ワルツ好きでしょう?」

 目立たない隅からほぼ中央に連れて行かれ、あれよあれよという間に背中に手が回っていた。あとはもう、意識せずとも身体が勝手に動く。幼い頃からの教育の賜物だったが、スティーグが言ったようにシルディの技量もなかなかのものだった。
 大広間の一角に、青いドレスが揺れて見えた。ドレスの色だけで言えば青は珍しくないが、あれほど目を引く人物となれば一人しかいない。シエラの傍にはエルクディアがいる。なにか話したりしているのだろうか。並んだ二人の表情に、以前のような柔らかさはない。そのことが、つきりと胸に針を刺していく。

「……クレメンティア、この曲が終わったらちょっと外に出ようか」
「え? でも、カッセル公は……」
「あんなの、公だって口実って気づいてるよ」

 そう笑って、シルディは結局、曲が終わる前にライナをバルコニーへと誘った。
 ガラス扉の向こうは、少しひんやりとした心地いい風が吹いていた。熱気に晒されていた肌を冷やすにはちょうどよく、遠くには二の郭の庭園で繰り広げられているのだろう宴会の様子が松明の明かりで見て取れる。
 ここにラヴァリルがいれば、彼女は二の郭まで降りていき、皿に山盛りの肉料理を乗せてあちこち走り回っているんだろうなと思った。

「――それで、なにがあったの? さっき、シエラちゃん達のことすごく気にしてたでしょう」
「え……。ああ、……気づきました?」
「気づくよ。クレメンティアのことだもの。あの二人の雰囲気だってなにか違うよね」

 どうしようか逡巡し、ゆうに一曲分の時間を使ってからライナは切り出した。


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