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「六年前……。ジルが島に流れ着いたのも、六年前のことでした」
「……嘘だろ。マジであんた、俺の兄弟なのか……?」
「なにも覚えていないんですか?」

 ジルのことを知る誰かが現れればいいと、ずっとそう思っていた。それがまさか、こんなところで出会うとは。
 クレシャナは縁の不思議さを噛み締めながら、レンツォとジルを見比べた。薔薇色の髪はとてもよく似ている。瞳の色は違うし、顔の造作も違うけれど、それでも口元は似ている気がした。
 ――これでもう、安心だ。
 クレシャナが王宮に入り、王妃として暮らすことになっても、ジルは一人ではない。なにしろ本当の家族が見つかったのだから、いつまでもクレシャナの傍でお守りをする必要などなく、ルイド島に帰る必要もない。
 彼には家族がいるのだ。彼の帰りを待ちわびていた、家族が。

「――ご歓談中の皆さま、無粋な真似をお許しください」

 よかったですねと言おうとして、優しく響く声に遮られた。音楽が鳴り止み、人々の目が壇上の人物に集中する。
 そこには、レンツォの主であるシルディ・ラティエと、アスラナの神官ライナ・メイデンの姿があった。

「まずは、ユーリ陛下、並びにクレシャナ妃殿下、ご結婚おめでとうございます。そんなお二人にあやかりまして、わたくしホーリー王国が第三王子シルディ・ラティエより、皆さまにご報告したいことがございます」

 朗らかな笑顔の王子様は一体なにを言うのだろう。
 レンツォはどうやら知っているらしく、どこかつまらなさそうな顔をして二人を見ている。
 優しい笑顔が、王子の隣に立つ少女へと向けられた。

「この場をお借りして、シルディ・ラティエと、エルガート王国ファイエルジンガー公爵家の長女クレメンティア・ライナ・ファイエルジンガーとの正式な婚約を発表いたします」

 あちこちで驚きの声が上がった。
 レンツォがやれやれと肩を竦めている。ざわつく大広間を呆れたように一瞥した彼は、言葉だけは丁寧に、けれどそれ以外は不遜なまでの態度でクレシャナに向き合った。

「妃殿下。少々コレを借りていきますが、よろしいですね?」
「おい、人を勝手に物扱いすんなよ!」
「妃殿下、よろしいですね?」
「え、ええ……」
「では、失礼」
「あっ、おい、クソッ、引きずんなよ、おいっ!!」

 引きずるようにして扉の向こうに消えていくジルとレンツォを、クレシャナは呆然として見送ることしかできなかった。


+ + +



 アスラナ王に許可を得て婚約発表を終えたシルディは、あのときの堂々とした立ち振る舞いが嘘のように情けない有り様で柱の影にしゃがみ込んでいた。癖の強く出た金茶の髪から、真っ赤に染まった耳が覗いている。
 一応人目につかないところを選んでいるが、いつまでもこんなみっともない姿でいてもらうわけにはいかない。ライナ自身も火照る頬を自覚しながら、それでも気丈にシルディを見下ろした。

「早く立ってください、みっともない」
「だ、だって! 言っちゃった、ついに言っちゃったよ! そりゃ、言う予定だったけど! 前々からそういう予定だったけど! でも! じ、実際言っちゃうと、なんか、ほら」
「なんですか? 言いたいことがあるならはっきり言ってください」
「これでもう、みんながクレメンティアのことを僕のお嫁さんだっていう風に見るんだと思うと、その、う、嬉しくて」

 膝の間に隠していた真っ赤な顔が上がってこちらを見たかと思うと、そんなことを言う。そのせいで潰された子猫のような奇怪な声が漏れ、気がつけば言葉よりも先に平手がシルディの頭に飛んでいた。

「ばかっ! きゅっ、急になにを言い出すんですか!」
「言いたいことがあるなら言えって言ったのクレメンティアだよ!?」

 大して痛くもないだろうに大げさに頭をさするシルディは、ほんの数ヶ月見ない間に少し背が伸びたらしい。立ち上がった彼が隣に並ぶと、ホーリーにいたときよりも僅かに見上げる角度が大きくなっていた。
 白地に金の縁取りが施された礼服は、柔らかくも凛とした王子の風格を漂わせている。肩章の房飾りを整える仕草をぼうっと見ていたら、「クレメンティア?」と至近距離から覗き込んでくるのだからたちが悪い。


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