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 どうしたことかと自然に目で追っていると、彼がこちらに向かってきた眼鏡の男性を引き止めようとしていた。そこでようやく、ユーリの言っていた“見張り”が彼だったのだと知る。隊長を見張りに立てるだなんて、と驚く間もなく、次の驚きはやってきた。
 祝いの席で声を荒げることも強硬手段に出ることもできないのをいいことに、眼鏡の男性はオリヴィエの静止も聞かずにクレシャナのもとまでまっすぐにやってきたのだ。

「――ご歓談のところ失礼致します、妃殿下」
「ええと、貴方はホーリーの……」
「レンツォ・ウィズです。少々お伺いしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか。妃殿下、こちらの男性とはどういったご関係で?」
「ちょっとあんた、急に失礼じゃないか?」

 受け取り方によってはクレシャナとジルの間柄が色めいたものだと疑ってかかるような言い方に、ジルが冷たく声を尖らせる。だが、レンツォは鋭い眼差しを受けてもびくともしなかった。
 レンツォ・ウィズ。先ほどユーリと一緒にいるときに、ホーリー王国の第三王子に挨拶をした。そのとき傍らに控えていたのが彼だった。スカーフを留める青いブローチがとても綺麗で、思わず見惚れたのではっきりと覚えている。
 あのときはにこやかに微笑んで祝いを述べてくれた彼が、今や射殺さんばかりの眼差しでクレシャナを見下ろし、ジルに冷ややかな声で吐き捨てた。

「黙りなさい。――妃殿下、お答えを」
「え、ええ……。わたくしとジルは、友人にございます。わたくしの故郷で出会いました」
「――“ジル”?」
「あっ、身分ある方が殿方の名を呼び捨てるのははしたないことかもしれませんが、わたくしの故郷ではそのようなことはなく、」

 窘められたのだと感じてクレシャナは慌てて弁解したが、そのときレンツォはすでにクレシャナを見ていなかった。薄い眼鏡の奥にある灰色の双眸がジルを見て、軽く噛んだ唇から重たい溜息が漏れる。
 その表情になにかを感じ取ってクレシャナは口を噤んだ。女の勘とでも言うべきものだったのかもしれない。とにかく今は口を挟むべきではないと、そう直感的に思ったのだ。
 睨むように見られたジルは、訳が分からないとばかりに眉間に皺を寄せている。

「ジル」
「なんだよ、気安く呼ぶんじゃねぇよ」
「では、愚弟」
「は? ぐてい?」

 その言葉の意味を二人が理解するよりも早く、レンツォの右手がジルの前髪を鷲掴み、無理やり引き寄せる暴挙に出た。

「いってーな! なにすんだよ!?」

 鼻先が触れ合いそうなほど顔を近づけたレンツォが、髪の生え際を睨みつけている。痛みと怒りで顔を真っ赤に染め上げているジルに構うことなく、レンツォは驚くべき行動を起こした。
 彼はジルの前髪から手を離すなり、その両手でジルをきつく抱き締めたのだ。クレシャナは零れ落ちんばかりに目を丸くさせ、言葉を失った。目の前で、よく似た薔薇色の髪が重なっている。からん、とあとを追うように杖の倒れる音がした。

「なにしやがっ、」
「死んだと思っていた弟が生きていた挙句、のこのこ目の前に現れたんです。感動の抱擁くらいさせなさい」
「はあ!? なにが感動のっ、……弟? オイ、あんた、今弟って言ったか?」
「言いました。相変わらず上等なのは顔だけのようですね」

 言葉は容赦ないが、身体はぎゅうぎゅうとジルを抱き締めて離さない。やっとのことで突き飛ばすようにレンツォの腕から抜け出したジルは、困惑しきりの表情で彼とクレシャナを交互に見た。
 優美な音楽がこの状況に不釣り合いだ。

「あ、あの、レンツォさま、あの……、本当にジルと、ご兄弟であられるのですか?」
「間違えようがありません。この無駄に整った女のような顔と、薔薇色の髪。外見に似合わぬ馬鹿丸出しの口調。神が性別を間違えたともっぱらの噂でした。こんな男がこの世に二人といてたまりますか」

 レンツォの話によれば、彼の弟は六年前に波に呑まれて行方が分からなくなってしまったのだという。
 弟は泳ぎが大の苦手でろくに泳げず、海に入れば溺れるしか能がなかったと。
 そんな彼が嵐の翌日、なにを思ったのか岩場を散策しにいって足を滑らせ、海に落ちたのだと。


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