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 シエラの傍にぴたりと寄り添うエルクディアの姿は、それこそ一枚の絵のように様になっていただろう。華美な場には参じられないとのことから、バスィールは大広間の外で待機している。こうして常にエルクディアと二人で並んでいるということ自体、ひどく久しぶりな気がした。

「そーたいちょ、せっかくですから踊ってきたらどうっすか?」
「いや、俺は」
「そーたいちょが踊ってくんないと、俺達部下が踊りにくいんすけど〜」
「私のことなら別に構わない。行ってきていいぞ、エルクディア」

 エルクディアと踊りたい女性ならいくらでもいるだろう。シエラの傍から離れた途端に熱い視線を送られるに違いない。部下の不満顔を前に、エルクディアはほんの数秒沈黙したのち、シエラに向かって手を差し出してきた。
 白い手袋が揺れる。

「――踊っていただけますか、シエラ様」
「私は、」
「はいはーい、じゃあいってらっしゃーい!」
「おいっ、サイラス!」

 シエラの手を勝手にエルクディアの手に乗せ、サイラスは笑顔で二人の背中を突き飛ばすように押した。たたらを踏みかけたシエラだが、あっさりとエルクディアに支えられて転ぶような真似はしない。
 そそくさと逃げるようにどこかへ消えたサイラスの代わりに、エルクディアの肩越しに盛装したオリヴィエが見えた。顔の傷が物珍しいのか、あるいは鋭い気配に惹かれるのか、彼の周りにも若い女性が数人集まっている。どこかうんざりした様子のオリヴィエと目が合った瞬間、シエラは勢いよく顔ごと視線を逸らした。
 その拍子にエルクディアの手を強く握り込んでしまっていたことに気づき、慌てて力を緩める。

「悪い、痛かったか?」
「いいえ。羽根でも触れたようでした」

 青いドレスの裾が揺れる。最初こそ歩くたびに左の太腿がすうすうとして落ち着かなかったが、今ではもう慣れた。スカートの重みが気になるせいで、むしろ右側にも切込みがあってもいいと思うほどだ。
 指先にそっと口づけられ、腰に腕が回された。
 エルクディアと踊るのはおよそ一年ぶりだ。あのときはこんな立派な大広間ではなく、テラスで漏れ聞こえてくる音楽に乗って踊った。――あれをダンスと言えるかは分からない。
 踊れるだの踊れないだのと口論し、笑われ、そうしてステップを教えられた。懐かしみながら足を動かす。一度も縺れることなく動く足に、エルクディアが少し驚いたような顔をした。

「この一ヶ月、嫌だと言っても教え込まれた。前に比べればいくらかマシだろう」
「……ええ。随分と上達なさいました。とても立派な淑女におなりです」
「なんなら、クレシャナみたいに回ってみるか? お前なら私くらい持ち上げられるだろう」
「可能ですが、ご遠慮ください」

 手を取り、背に腕を回し、睫毛の際まで見える距離で言葉を交わす。こんな近さは久しぶりだった。腰を抱かれ、背を反らす。右足を軸にして左足を上げたせいで、生白い足が付け根まで剥き出しになりかけた。――かと思えば、強引とも思える力強さで抱き起こされ、引き寄せられる。
 そうしたことを何度か繰り返しながら一曲を無事に踊り終えた二人に、久しぶりに聞くシルディの声が届いた。


+ + +



 潮騒に呑まれた貴方。
 今、潮騒によって導かれる。
 貴方に、青の導きを。



「ジル、お身体は平気ですか?」
「ああ。それより姫さんこそ大丈夫か? 随分と顔色悪ぃけど。っと、もう姫さんじゃなくて王妃さんか。――じゃなくて、ですね」
「慣れない場に気が張り詰めてしまっていただけです。それよりおやめください、そんな畏まった呼び方は。どうぞ今まで通り、叶うことならば、クレシャナと」
「でもなぁ、いくらなんでも王妃様相手に呼び捨てってのは……」

 うーんと唸ったジルに「お願いですから」と懇願していたクレシャナは、少し離れたところに立っていた顔に傷のある男性がさっと動くのを視界の隅に捉えた。レンガ色の髪をした彼は確か、王都騎士団六番隊の隊長だったはずだ。数人のご令嬢に囲まれても踊ろうとはせず、クレシャナとはつかず離れずの場所に立っていた。
 そんな彼が、誰か目当ての人を見つけたから誘いに行こうというような様子でも、軽食を取りに行こうというような様子でもなく、不自然なほど機敏に動いたのである。


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