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「陛下、わたくしとジルとは友人です」
「もちろんだ。人前ではそう見せておくんだよ」
「陛下っ、本当に、」
「クレシャナ、事実はどうでもいいんだ」

 ふわり、身体が浮く。足が床から離れた。軽々と抱き上げられ、ユーリを上から覗き込むような形で額と額が合わさる。周りで何人かがきゃっと黄色い悲鳴を上げたが、クレシャナの耳には入ってこなかった。
 聞こえたのは、真剣な声だけだ。

「君がどういった事実を抱えていようと、私にはどうでもいいんだよ」

 眼球が零れなかったことが不思議なくらい瞠目し、クレシャナは言葉を失った。唇が震え、心臓が早鐘を打つ。胸が苦しい。耐え切れず逸らした瞳に、ユーリはなにを思ったのだろう。
 かつんと靴の踵が床を叩く音で、曲の終わりを知った。やんわりと背中を押され、促される。
 すぐに次の曲が奏でられる中、クレシャナは泣き出す寸前のような顔をしてジルのもとを目指した。


+ + +



 ほら、貴女が咲くと、闇が生まれる。
 貴女、苦しいだけ。
 哀れな子。愚かな子。
 貴女、これでもう、あの子から逃げられない。


+ + +



「……お前、もしかしてサイラスか?」
「あ、ひっど! シエラさまひっど! みんな髪型変えただけで分かんなくなるとかほんっとひっどい」

 紫に染めた髪を後ろに撫でつけて整えたサイラスは、日頃のウニのような頭を封印しているせいでまったく印象が違って見えた。礼服を着ているから余計に別人に見える。引き締まった細身の腰が強調される衣装は、思いのほか彼によく似合っていた。

「お前も舞踏会に参加していたのか。騎士団からの参加は隊長と副隊長が主だと聞いていたが」
「そーそ。そうなんすけど、ほら、うちはたいちょが来れないっしょ? だから俺がその代わり。たいちょの分もいっぱい美味いもん食っとかないと」
「そうか。……よかったな、目が覚めて」
「……うん。ほんと、ひやひやさせられましたよ、今回は」

 生死を彷徨っていたフェリクスは、二週間前にようやっと目を覚ました。今では随分と意識もはっきりしてきており、少しの間なら話せるまで回復していると聞いている。
 手放しで喜べない状態なのはシエラも痛いほどよく分かっていた。利き腕ではないにせよ、彼は、――剣士は、片腕を失ったのだ。そのことについてどう声をかければいいものか、さっぱり分からない。目が覚めたと聞いてから、忙しさを理由に一度も見舞いに行けていないのもそのためだ。
 今はどうしているのかと聞こうとしたが、結局言葉は出なかった。サイラスはめかし込んだ人型のテュールを抱き上げて楽しそうに笑っている。今日のテュールは、ルチアと踊れるように少年貴族の服を着せられていた。

「さいらす、すてき」
「おおー、ありがと。ところでテュールって男だったのか?」
「てゅーる、せいべつ、まだない。どっちでもある、し、ない」
「へぇ。竜って変わってんすね」

 生態についてはシエラもよく分かっていないので、とりあえず曖昧に頷いておいた。
 大広間には絶え間なく音楽が流れ、人々が楽しげに踊っている。ちょうど向かいの壁際に、薔薇色の髪が見えた。その傍らで、優しげな王子が笑っている。間違いない。ホーリーからの客人だ。
 今の今まで適当な誰かと踊っていたらしいルチアが、「レンツォ!」と大広間に響き渡る大声を上げて彼の元へと駆けていくのが見えた。羽でも生えているかのように飛んで抱き着く姿を遠目に見、自然と表情が緩む。

「たいちょも残念っすよね。こーんなキレーなシエラさまが見られないなんて。シエラさまは踊らないんすか?」
「踊りはあまり好きじゃない。第一、踊る相手もいない」
「いやいやいや、引く手数多っすから。誘いたい相手が多すぎて、今そこかしこで無言の牽制が繰り広げられてるとこっすから」
「でも事実、誰も誘ってこないじゃないか」
「それは……」

 サイラスは一度口を噤み、シエラの左隣をちらと見て苦笑した。

「真横にそんな“番犬”がついてたら、誰も誘えませんって」

 シエラの耳元に口を寄せての小声だった。
 番犬呼ばわりされた男には届かなかったのだろう。しかし余計なことを言われたのは分かったのか、険しい顔でサイラスを睨んでいる。

「サイラス。お前今、なにか言ったか?」
「やっ、なんもないっす。なんっにも言ってませんよ、そーたいちょ!」

 祝いの場とあって、エルクディアの腰にもサイラスの腰にも剣はない。飾り用の細い剣が一振り差してあるだけだ。それでも彼らの持つ騎士としての威厳は身体から滲み出ていた。


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