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 やれどこそこの領地を治める何々卿だの、先祖代々アスラナ王室と昵懇な関係にあるという公爵だの、国内外を問わず様々な人が笑顔でクレシャナに祝いを述べにやってきた。
 中には確かに、好意に溢れた人もいた。けれどその大半が、笑顔の裏になにかを隠し持っていた。
 「妃殿下のお生まれは?」「これほど愛らしい方となれば、ご両親様もさぞお美しいのでしょう」「アスラナ王に見初められるのも納得の愛らしさをお持ちですな」――これらをすべて額面通りに受け取るほど、クレシャナも愚かではない。
 クレシャナにどれほどの価値があるのかを見定めに来たのだろう。
 ここは単なる祝いの宴の席などではない。そんな華やかで楽しげな場どころか、極めて高度な情報戦と外交戦の場だった。
 分かっていたはずのことだったが、こうして実際に我が身に降りかかるまで実感がなかった。アスラナ王を支える王妃という立場は、クレシャナが思うよりもずっと難しいものだ。
 絶え間なく要人に話しかけられ、器量を試され、クレシャナは王妃という立場の責務を痛感していた。みっちり叩き込まれた勉強の成果を惜しげもなく発揮してなんとか躱していたが、今後の政治的な話になると笑顔で当たり障りのない言葉を述べて躱すより他にない。
 とはいえそれにも限界がある。プルーアス王室の使者としてやってきた大臣は、一見するとにこにこと人好きのする好々爺の笑みでクレシャナを追いつめていく。
 もうこれ以上は無理だと俯きそうになったクレシャナの背後で、ユーリの笑い声がした。

「おやおや。どうやら、我が妻はよほど人気者らしい。少し目を離しただけで囲まれてしまうとはね。これほど愛らしく飾り立てられた愛しい人が他の者の目に映ると思うと、この外套で覆って隠してしまいたくなるよ」
「これは、これは。華々しい戦歴をお持ちのアスラナ王も、本命には存外悋気らしい」
「しかしながら陛下、妃殿下はアスラナの花となるお方。それを独り占めなさるとは、少々酷いというものですぞ」
「そうまで言われてしまっては仕方ない。私も涙を飲もう。ですが皆々様、どうかお手柔らかに。男の嫉妬は見苦しいと言う。新婚早々、妻に呆れられては敵わないのでね」

 クレシャナの肩を抱き、器用に冠を避けて旋毛の辺りに口づけたユーリに、誰もが声を上げて笑った。中には、夫をそっちのけでユーリに見惚れる夫人の姿もある。
 これは助けられたのだろうか。次々に挨拶を交わすユーリの横顔を見上げ、クレシャナは人知れず息を吐いた。肩に触れている手のひらの熱が、じんわりとドレスの下に染み込んでくる。
 胸がとくりとくりと音を立て始めたが、それが次の瞬間、ぴたりと止まってしまいそうなほどの衝撃を受けた。

「おお……、なんと……」
「美しい……」

 大広間の最も大きな扉がギィッと音を立てて開くなり、金と蒼の光が舞い込んできた。
 その蒼の美しさに、息を飲む。
 花を散らし真珠を散らし、綺麗に結い上げられた蒼い髪。細い首には青い宝石が揺れている。長い睫毛に縁取られた金色の瞳、薔薇で染めたような赤い唇。この世のものとは思えぬほど美しいその人は、世界の至宝――神の後継者であるシエラだった。
 王都騎士団長に手を引かれて会場内を進むシエラの美貌はもちろんのこと、そのドレスの大胆さに人々は仰天した。
 海の底を思わせる深青のドレスは、華奢な身体に寄り添うようにぴったりとしたデザインだ。胸元を大きく開けて肩を出し、腰から下は一般的なドレスと同じく大きく広がっている。しかし、幾重にもレースが重ねられたスカートの部分が他とは大きく異なっていた。たっぷりとしたレースの揺れるスカートの左側に、太腿が見えるほど深い切込みが入れられているのだ。
 立ち止まりさえすればレースによって肌が隠れるが、ひとたび動けば真珠よりもなお艶めいた肌がちらちらと覗く。
 人によってははしたなく見えるだろうそのドレスを、シエラは見事に着こなしていた。彼女の持つ神秘的で気高い雰囲気が、いやらしさを感じさせないのだろう。
 一歩、また一歩と進むたび、自然と人波が割れて一筋の道が出来上がった。エルクディアに導かれ、シエラがクレシャナ達の前に立ったそのときまで、クレシャナは自分が息を止めていたのだと気づいていなかった。


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