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 アスラナ城から豪奢な馬車に乗ってやってきた花嫁の姿に、誰もが興味津々だった。一般市民はもちろん、聖堂内の列席者も言うまでもない。どこの家の生まれとも知れない娘の存在は、今や王都だけにとどまらず諸外国にも知れ渡っている。一体どれほどの人物かと検分するように向けられた眼差しは、建物内に入ってきた純白のドレスに集中した。

「おお……」

 どこからともなくそんな声が漏れる。称賛、感嘆、あるいは嘲笑。乗せられた感情は様々だったが、誰もが花嫁に目を奪われていた。
 純白の花嫁衣装で飾られたその人物は、確かに目を瞠るような美貌を持ち合わせてはいなかった。城に住まう貴婦人達のように結い上げるだけの長さの髪もなく、短く切った若草色の髪を真珠色のヴェールの下に隠している。金糸銀糸で細かく縫い取られたドレスには、あちこちに白い花が咲いていた。
 しずしずと緋色の絨毯を歩いてくる花嫁は、幼い顔立ちの少女に他ならない。田舎者と蔑んでいた者達は彼女が転びやしないかと期待していたが、花嫁は期待を裏切って優美な足取りで青年王の隣に並んだ。
 長い裾を引きずった後姿は、美しいと言うよりは愛らしい。あの薄い背中に純白の羽でも生えていれば、きっと天使と呼ばれただろう。
 壮麗な音楽が鳴り止み、アルバニア大聖堂の司教が式を執り行うことを宣言すると、それまでざわついていた聖堂内がしんと静まり返った。

「ユーリ・アスラナ。汝はクレシャナ・ラディオレスを妻とし、神の導きに従いて妻を愛し、敬い、慰め、死が二人を分かつときまで妻に魂を預けると誓うか」
「誓います」
「クレシャナ・ラディオレス。汝はユーリ・アスラナを夫とし、神の導きに従いて夫を愛し、敬い、慰め、死が二人を分かつときまで夫に魂を預けると誓うか」
「……はい。誓います」

 僅かに震えたその声は、けれどはっきりと聖堂内に響いた。息を飲むような沈黙の意味を知るのは、クレシャナとユーリの二人だけだったのだろう。

「では、誓いのくちづけを」

 ユーリは流れるように、クレシャナはどこかぎこちなさの見える動きで、互いに向き合った。ユーリがそっとヴェールを捲る。ようやく光の下に露わになった顔立ちに、列席者の多くが入場時と同様の反応を見せた。
 あどけなさの残る顔立ちを好ましく思う者もいれば、その真逆に思う者もいただろう。ただ、このときクレシャナが浮かべるどこか硬い表情は、身分違いの恋に悩むいたいけな少女のものとして受け取られ、見る者の庇護欲と嗜虐心を同時にくすぐっていた。
 青年王が微笑む。手袋に包まれたクレシャナの小さな手がきゅっと拳をつくるのを、最前列にいたシエラは見逃さなかった。二人の顔が近づき、ゆっくりと唇が重なる。離れ際、青年王は花嫁の耳元になにかを囁いた。それは彼女にしか聞こえないものだったのだろう。
 そのとき初めて、クレシャナは思わずといったように微笑んだのだ。

「署名をもって、二人を正式な夫婦とする」

 まずはユーリが。そして次に、クレシャナが。
 シエラにしてみればただの紙切れ一枚に二人が名前を記すなり、それまでしかつめらしい表情を保っていた司教が柔らかな祝福の笑みを浮かべた。天鵞絨が敷き詰められた盆に載せられた結婚証明書をまるで国宝かなにかかと思うほどに、司教が恭しく捧げ持ったその瞬間、聖堂内に拍手の音が鳴り響いた。

「おめでとうございます、国王陛下並びに妃殿下」

 祝辞に頭を垂れたクレシャナの腰を、ユーリがそっと抱き寄せる。ここで口笛を吹くような育ちの人間は聖堂内にはいなかったが、列席を許されていた王都騎士団の隊長格の中にはすんでのところで呑み込んだ者もいたに違いない。
 新郎新婦の退場の際には、それはもう盛大な拍手が再び聖堂内を満たした。扉が開いた瞬間の音の奔流は鼓膜を押し流すような勢いだった。集まった人々から祝いの言葉が飛び交う。

「おめでとうございます、陛下!」
「国王陛下万歳! 王妃さま万歳!」
「妃殿下、妃殿下!」
「アスラナに幸あれ!」

 日が暮れれば、アスラナ城では大舞踏会が開かれる。二の郭までを一般にも開放した祝宴だ。広々とした庭には、様々な料理が振る舞われるに違いない。
 その大舞踏会にて、シエラは大役を果たさねばならない。人々の数多の視線が突き刺さることを思うと気が重くなったが、愛らしいクレシャナの姿を脳裏に思い描くと少しはそれも軽くなるというものだ。ユーリのためと思えば面倒なことも、かわいい友人のためならば妥協できる。
 そんなシエラの傍らに、礼服に身を固めたエルクディアが「馬車のご用意ができております」と言って跪いた。
 


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