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「……ありえない。ありえないわよ、スカー。だって“彼ら”は、もうこの世にはいない。そうでしょう?」
「ソウネ……。そのハズだケド、でモ、……他ニなにカあル?」
「ああもうっ、この話は終わり! あとでじっくり考えるわ。目下の心配は、ルッツのボウヤが竜の国に行かないかってコトよ」

 猫らしく後ろ足で耳の辺りを掻いたスカーティニアが、大きく伸びをしてから寝台に広がった手札を一枚踏みつけた。肉球に張りついたそれは、月に向かって吠える狼の絵柄が描かれている。
 レイニーとは浅からぬ因縁を持つ男、ルッツ・フェイルス。そしてその息子エルクディア・フェイルスは、皮肉なことに神の後継者の護衛騎士として王宮にいる。彼がただの地方貴族の子息であったなら、こんな未来にはならなかったのだろうか。あるいは、一介の騎士であったなら。

「あんなトコ行ッタラそれこそ死ぬワヨ、あのボウヤ」
「……肝心なときに限ってうんともすんとも言わないんだもの、この手札。やっぱりいつものじゃないとダメね。これ不良品かしら」
「それはレイニーの霊力ガ足りナイだけヨ」
「あ、言ったわね。仕方ないでしょう、ここは少し息苦しいのよ。スカーは居心地良さそうだけど」
「そリャそうヨ。ココハ、神気と精霊で溢れテるもノ。幻獣にトッテ、これほど居心地ノいい場所ハないワ」

 幻獣は神の寵愛を受けて生まれたとされる生き物だ。力が強ければ強いほど、その幻獣は神にも等しい存在となる。だからこそ神気と精霊に溢れた神域は心地よく感じるものなのだが、幻獣の血を引く魔女にとってはその限りではない。
 魔女にも神気はある。精霊を扱うことも、多少はできる。だが、幻獣と人間の間に生まれた子どもは、ある見方からすれば“裏切り者”だった。神に愛された聖なる血を裏切り、ヒトと交わった恥知らず。竜のように誇り高い種族ほど排他的な意識は強く、魔女という存在を忌み嫌う。
 それゆえに、あまりにも清らかな場所はどこか息苦しい。
 レイニーは今一度手札を混ぜ、無造作に一枚を引いた。橙色の光が、絵を照らす。

「――“鉄槌”。どういう意味だってのよ、まったくもう」

 裁きの鉄槌は、一体誰に下されると言うのだろう。
 

+ + +



 気がつけば結婚式の当日を迎えていた。
 この一ヶ月、大変な思いをしたのはなにもクレシャナ達だけではない。シエラもまた、一から宮廷作法や式の進行、祝辞の暗記、舞踏の練習などを叩きこまれる羽目になっていた。それだけでもどっと疲れるというのに、国外からやってきた祝いの使者の相手を当事者でもないのにさせられたとあって、今日までのシエラの機嫌は決していいとは言えなかった。
 眩暈がするほどに高い天蓋は薔薇のように梁が巡らされ、それだけで美しい。ステンドグラスから差し込んでくる様々な色の光が、創世神信仰の総本山とも言えるアルバニア大聖堂内部を照らしている。
 アスラナ城内にも教会及び聖堂は存在するが、代々王族の婚姻を行う場所はアルバニア大聖堂と決まっていた。城からはそう離れておらず、馬車を使えばものの数十分もかからずに辿り着く場所だ。
 広々とした大聖堂はすでに満員の列席者に溢れており、華やかに着飾った人々で埋まっている。聖堂の外にまで一般市民の見物客が列をなし、警備兵が四苦八苦している様子だった。
 美しい水色のドレスに身を包んだライナが、エルガートの賓客に与えられた席に座していた。ここ大聖堂に入ることのできる人物は限られており、高い身分を持つ者か、誉れ高い功績を持つ武官しか入場を許されていない。つまりライナは、今はエルガートの公爵令嬢としてこの場にいるのだろう。
 最前列の端に席を用意されていたシエラは、いつもの神父服とよく似ていながらも格段に華やかになった礼服を着せられて大人しく座っていた。二人を祝福するという一仕事が与えられているが、無事に式を終え、二人が正式に夫婦となってから――つまり、このあとの大舞踏会の最中での話だ。それまではひたすら眠気との戦いである。
 あちこちに飾られた美しい花が厳かな空気を色づけている。主役の一人であるユーリは、祭壇の前で花嫁の到着を待っていた。
 白の法衣を脱ぎ捨て、アスラナ王国の紋章を縫い取った黒の礼服を纏った青年は、さすが国一番の美青年と称されるほどの佇まいだった。すらりとした長身に、貧弱という言葉からは縁遠い引き締まった肉体。優美さと威厳を兼ね備えた、大国の王に相応しい貫録を持っている。
 固く閉ざされた扉の隙間から、割れんばかりの歓声が聞こえた。大聖堂の外で人々が歓喜の声を上げている。どうやら花嫁が到着したらしい。


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