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「不思議ですね。神の後継者さまを見ている限り、神というものは蒼い光を纏っておられるのだと思っておりました。白ではなく、“蒼い御名”かと……」
「言われてみれば、確かに……。ふふ。クレシャナ様は、とても知識欲が旺盛でいらっしゃいますね」
「そんな。ただ、わたくしは知らないことの方が多いのです。ゆえに、不思議に思うことはたくさん……。たとえばそう、フィーネさんのことも」
「私の?」

 今度はフィーネが目を丸くさせる番だった。クレシャナの透き通った青空の瞳が、まっすぐにフィーネを見つめて柔らかく微笑む。確かに宮廷婦人達のような洗練された美しさはないが、とても好ましい笑みだとフィーネは思う。
 じっとフィーネを見つめていたクレシャナが、一人満足したように頷いた。

「フィーネさんの瞳は、見るたびにお色が変わるように伺えます。淡いオレンジ色をしていたかと思えば、夕陽のように赤く、まるで鬼灯のような色に。とても不思議で、お美しい瞳ですね」
「まあ……。そのようなことは初めて言われました。この目は生まれつき、角度によって色が変わって見えるのですが、親にも気味が悪いと言われておりましたので」
「そのようなことはございません。まるで万華鏡を見ているかのようです」
「クレシャナ様が気に入ってくださったのであれば、このフィーネもとても嬉しいですわ」

 幼い頃から気味の悪い目だとばかり言われてきたから、フィーネ自身は己の瞳に好感を覚えた記憶はない。クレシャナは夕陽や鬼灯といった綺麗な喩えをしてくれたが、記憶に残っているのは「不気味」や「血の色」といった好ましくないものばかりだ。今となってはその変化に気づく人もそういないために気にも留めていなかったが、どうやらクレシャナは優れた観察眼を持っているらしい。
 内心驚きつつも感服しているフィーネの様子を見て、クレシャナはなにか勘違いしたようだった。穏やかな表情が途端に曇り、申し訳なさそうに眉が下がる。花が萎れるようなその有り様に、フィーネの方が慌ててしまった。

「申し訳ございません。お気を悪くさせてしまいましたでしょうか……」
「いいえ、いいえ! 昔こそ疎ましく思っておりましたが、今では世界に一つだけの自慢の目です。それをクレシャナ様に気づいていただけて、かつお気に召していただけたのであれば、喜びこそすれ気を悪くすることなどございません。――ほら、どうかお顔をお上げください。もう一杯、いかがです? 差し湯をしてまいりますから」
「……ありがとうございます。それでは、お願いできますでしょうか?」
「ええ、もちろん。少々お待ちくださいませ」

 あとひと月もすればアスラナ国内の女性の頂点に立つ少女は、専属の侍女にすら腰が低い。綺麗なドレスを纏い、王の傍らに控え、高位の貴族達に傅かれてもなお今のままの彼女でいられるのだろうかと、フィーネはそんなことを考えながら茶器を手に部屋を出た。
 部屋に一人残されたクレシャナは物憂げな様子で本の表紙を撫で、暗闇に染まった窓を眺めていた。

「創世神さま。どうか、ご慈悲を……」


+ + +



 貴方を待って、もう幾日が過ぎたでしょう。
 たくさんの星が瞬き、たくさんの陽が降りそそぎ、たくさんの涙が流れました。
 どうか、起きて。
 貴方の目覚めを待つ声が、聞こえたのなら。



 ここしばらく、まともに眠った記憶などない。フェリクスが重傷を負って戻ってきたその日から、ソランジュは目に見えてやつれ始めた。ろくに眠らないせいで目の下には濃い隈ができ、食欲がないと言ってあまり食べようともしない。そのせいで肌からは張りと潤いが消え、見ているだけで痛々しい。
 周りが何度休めと言ったところで、彼女は聞き入れようとしなかった。寝台(ベッド)で眠ることはおろか、自室に戻ろうともしなかった。硬い木椅子に腰かけ、フェリクスの残された手をしっかりと握ったままベッドに突っ伏して夜を明かす。少しでも物音がすれば飛び起き、まったくの無音であっても短時間で目が覚めて呼吸を確認する。
 そんなことを毎日続けているのだから、疲労が限界に達するのも無理はない。医官見習いとしての日中の仕事を放棄してフェリクスに付き添っていた彼女は、数週間ぶりに深い眠りに落ちていた。相変わらず座ったままの眠りではあったが、この日は夜中に目が覚めることなく朝を迎えた。
 白みゆく空には雲もなく、日が昇り切れば春を待つ柔らかな青空が広がるはずだ。


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