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 だがしかし、どう考えても一の郭の離宮だけでは到底足りない。ユーリが住居とする王宮内にも客室は存在するし、無論言うまでもなくその部屋は常に手入れが行き届いている。客がいようといまいと毎朝敷布は取り換えられ、窓は輝かんばかりに磨き上げられているのが常だ。
 とは言っても、およそひと月後に迫った行事はただの舞踏会でも祝賀会でもなく、アスラナ国王の結婚式ときている。アスラナ国内からは諸侯らが、国外からは王家に連なる身分の者や、高名な貴族達がわんさと訪れるだろう。

「いくら陛下のなさることとはいえ、これでは少々お恨み申し上げたくもなるものです」

 聡明な女官長は礼儀をわきまえた人ではあるが、このときばかりはそうぼやいていたという。
 結婚式に雪解けの時期を選んだのはいい。当然の判断だ。アスラナの冬は長く、厳しい。王都では積もることもないが、地方ではそうもいかない。当然、国内外から人を呼ぶのは難しくなる。真夏の時期もそうだ。炎天下の長旅は苦行としか言えぬだろうし、なにしろ食べ物がすぐに傷んでしまうからこうした式典には向いていない。
 だとすれば、春の指先をくすぐるこの時期を選んだのは至極まっとうであるのだが、それにしたって発表が急すぎた。こういったことはせめて一年前、否、妥協しても半年前には告げておいてほしいものである。
 アスラナ王は今年で二十四歳となり、その美貌は他国にも知れ渡っている。整った目鼻立ちに男とは思えぬきめの細かい肌、輝く銀髪。優雅な物腰でいて、誰よりも強い力を持つ最高祓魔師。甘美な花に蝶が吸い寄せられるのは当然の道理とばかりに、青年王の周りには常に美しい女性で溢れていた。
 それこそ身分の上下を問わず、だ。女官長の配下の侍女達も、何人かが青年王の一夜の寵愛を受けたと聞いている。権力者が色に耽ることはそう珍しくはないし、王ともなれば両手では足りないほどの側室を迎えることもままあることだ。そうした火遊びを火傷することなく嗜むのも、一つの器量だと言えないこともない。
 だからこそ、王宮の誰もが青年王の火遊びを咎めようとはしなかった。万が一のことが起きては困るため、控えめになさいませとそれとなく諫言(かんげん)することはあっても、誰も当面の心配はしていなかった。
 そもそも、アスラナという国は他国とは違って世襲制ではない。そのことからして、臣下達の中には油断めいたものがあったのかもしれない。青年王は色を好むが、すべては遊びのもの。今しばらくは、王妃など迎えようにもない――と。
 外国から見れば異様な考えだっただろう。二十歳を過ぎた国王が王妃を迎えず遊び人のような真似をしているとは、醜聞だとでも言いたかったに違いない。

「陛下はよほど姫様をご寵愛なさっておられるのね」
「けれど、姫様のお生まれは小さな離島でしょう? ええと……、ルイド島といったかしら」
「聞いたことがないわ。ということは、姫様はそちらのご領主のお嬢様であられるの?」
「……それが、よく分からないのよ。姫様付きになった子にそれとなく聞いてみたんだけど、話してくれなくて。けれど噂では、高貴なお生まれではないらしいわ」
「え? 待ってよ、それじゃあ、素性も知れない娘を王妃様として立てることになるの?」
「しっ! だめよ、そんなことを言っては。女官長の耳に入りでもしたら、」

 窓を磨いていた侍女達は、背後に近づいてきた足音に大げさなまでに身体を震わせて口を噤んだ。幸いそれは怖れていた女官長のものではなく、見知った仲間のものだったのでほっと胸を撫で下ろす。
 今や王宮内に留まらず、王都では王妃の話題で持ちきりだ。氏素性に関しては市井にまで降りていないだろうが、城に務める者なら誰でも耳にする機会はあった。
 王妃になる姫君は、どうやら他国の王族でもなければ、貴族の娘でもないらしい。それどころか小さな島から出てきた娘で、どんな家かも分からない。下手をすれば農民の娘かもしれない女を、アスラナ王は王妃として迎えるという。しかも、その娘がとある事故から城に滞在を許されてから結婚の発表まで半年も経っていないとなれば、誰もが考えつくところは同じだった。
 青年王はどうやら、その娘にご執心らしい――と。
 今まで青年王の周りを取り囲んでいた女性達とは随分と毛並みの違う“姫様”は、きちんと食べていたのかも分からないほど貧相な身体つきをしていた。目だけは大きく愛らしいが、言ってしまえばそれだけだ。貴婦人達の美しさや艶やかさには遠く及ばない。


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