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「結界内での解呪を望んだのは、その追っ手に気配を悟られないためかな。そんなに鋭い相手とは、一体どんな厄介ごとに巻き込まれたんだい?」
「人間と一緒で、魔女の世界にもいろいろあるのよ。あんまり聞かないでちょうだい。それより、アナタ達の方こそアタシに聞きたいコトがあるんでしょう? そんな顔してるわ。スカーも無事に来れたみたいだし、しばらく匿ってもらう代わりに聞いてあげるわよ」

 匿ってくれと頼むのではなく、取り引きを持ちかけてくる辺りがレイニーらしい。
 彼女の言うように、すぐさま扉が開いて極彩色が薄暗い地下神殿を彩った。鮮やかな僧衣を纏ったバスィールの腕の中に、一匹の黒猫が抱かれている。スカーティニアと決定的に違うのは、その背に翼がないことだった。
 黒猫がバスィールの腕からするりと抜け出し、音もなく着地したかと思えば、次の瞬間には大きな豹のような姿になってレイニーに飛びついたのだから驚きだ。
 しなやかな肉体は筋肉が美しく飾り、濡れたような漆黒の毛並みが威厳を醸し出す。背には立派な翼が広がり、溢れた羽根が一枚シエラの足元まで滑ってきた。
 小さなスカーティニアとは大違いだが、首に手を回して抱き締めるレイニーは「よかった、スカー」と再会を喜んでいる。
 これがスカーティニアの本来の姿だというが、猫の頃しか知らないシエラはもちろん、サー・キャットを見たことのないサイラスもまた、大いに驚いた。ユーリはこの姿を知っていたのか、けろりとしている。
 それをどこか恨めしく思っていたら、明るい声がテュールを呼んだ。今の今までおとなしくしていたテュールが、ぱっと表情を輝かせて文字通り飛ぶように駆けていく。

「ルチアまで来たのか?」
「さっきまでバスィールといっしょにいたの! ルチアだけ仲間はずれにするのずるいよ! ……だめだった?」

 テュールと抱き合うルチアが、しゅんと悲しそうな顔をする。そんな目をするのはずるい。
 どうしたものかとユーリとレイニーを振り仰いだシエラに、彼らは穏やかに微笑して頷いた。

「構わないよ。おいで、小さなリラの姫君」
「やったあ! ほらほら、バスィールも! ――あなた、はじめましてだよねぇ? ルチアね、ルチア・カンパネラってゆーんだよ! それでこっちが、バスィールだよ!」
「初めまして、お嬢ちゃん。アナタはホーリーの出ね? それからそちらが、オリヴィニスの方。……それに加えて、時渡りの竜の人化だなんて、そりゃ騒がしくもなるわよね」

 溜息に隠された真意を、今はまだ汲み取ることができない。

「おいで、竜のちびちゃん。さすが時渡りの竜、人化も早いのかしら」

 床に前足を伸ばして座ったスカーティニアにもたれたレイニーが、テュールを手招いて両肩を竦めた。その拍子に頭巾が取れ、純白の髪が露わになる。
 テュールの様子をくまなく観察していた魔女だったが、やがてその頬をふにふにと指でつつき始めた。
 ふっくらとした頬が淡く色づく様は、どこからどう見ても人間の子どもだ。しかし、白い衣の奥に隠された被膜の翼が、人とは明らかに異なることを雄弁に語っている。

「しばらくしんどそうにしてたかと思うと、こうなったんだ。なにか分かるか?」

 未だよく状況を飲み込めていないサイラスはさておき、早速本題に入る。どうせ彼にはユーリが説明するだろう。
 くすぐったそうに身を捩るテュールの頬を何度もつつきながら、レイニーは笑みを零した。

「ま、人化したことによる問題は特にないわね。体調不良の原因は、体内の気が大きく変化していたせいよ。この子、こんなに小さいでしょう? だからしんどかったんじゃないかしら。ま、でも、風邪みたいなものだろうけど」
「てゅーる、へーき」
「あら、そ? ――にしても、ほんっと小さいわね。スカー、こんなの見たことある?」
「ないワヨ、こォんなガキ。いくら時渡りの竜ッテ言ってモ、人化するニハ早すぎるンじゃナイ?」

 通常、竜が人化するのは成体になってからだという。十分な気を蓄えてから姿を転じさせるため、未成熟な幼体の竜が人化することはまずない。
 長き時を生きる魔女のレイニーや幻獣のスカーティニアですら、あまり見たことのない例らしい。


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