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 アスラナ城の奥へと向かうユーリにシエラはついていってもいいものか迷ったが、「おいで」と手招きされて足が動く。どんどんとひと気のない通路を進むうちに、ユーリがどこを目指しているのか見当がつき始めた。
 アスラナ城の地下、巨大なロザリオの像が建つ神殿のような場所だ。一度だけ案内されたことのあるあの場所には神気が満ち、静謐な空気で満たされていた。
 重厚な扉を幾重もくぐり、足音の反響する地下神殿が目の前に広がる。水の流れる音がわんと響き、身体を抱いた。
 巨大なロザリオを中心に、小さな泉が広がっている。そこから放射線状に広がる水路を辿れば、滝のように水の紗が掛けられた穴があった。穴は小部屋のようになっており、そこでは絶えず神官が祈りを捧げている。

「――クラウス神官。申し訳ないが、オリヴィニスの客人を呼んできてはもらえないかな。シャガルの僧、マクトゥーム殿を」

 ユーリが小部屋の一つに声をかけると、水の幕をくぐって初老の男性が現れた。恭しく礼を取った彼は、濡れた肩を払いながら滑るような足取りで神殿を出ていく。
 どうやら、今ここにいる神官は彼だけだったらしい。以前シエラが訪れたときには小部屋がすべて埋まっていたので、随分と閑散としているように思えた。水音さえ掻き消えれば、針を落としただけでも随分と音が響きそうな有り様だ。

「さて、これでもう平気だと思うのだけれど。君の本来の姿を見せていただけるかな?」
「ええ。それじゃ、ご希望にお答えして」

 サイラスとは思えぬほど妖艶に微笑み、彼の身体を借りたレイニーが天井に向かって片手を上げた。その瞬間、精霊達が反応したのを肌で感じる。途端に雨の香りが濃くなった。雨音が聞こえたのは幻聴だろうか。
 ぽつりと雫がシエラの頬に触れたその瞬間、サイラスの身体が大きく傾いだ。前のめりに倒れかけた軍人の身体を、ユーリが難なく支える。それに驚く暇もなく、シエラ達は目の前の光景に釘づけになった。
 雨滴が舞う。サイラスの背後から現れるようにして生じたレイニーの身体が、ほの白く発光している。濡れたように輝く肢体は艶めかしく、あろうことか一糸纏わぬ姿だった。血管の色が透けて見える白い肌を晒し、純白の髪を波打たせて魔女が笑う。
 ――雨が、降る。
 室内ではありえない。到底ありえるはずのないことなのに、そこには確かに雨が降っていた。霧のような雨が降り、レイニーの身体を濡らしている。濡れた場所から身体が浮かび上がり、徐々に姿を現していく。
 伸ばされた細い腕に雫が伝うさまの、なんと艶美なことか。
 宙に浮かんでいた彼女の爪先が床につくなり、ユーリが法衣の外套(マント)を脱いで差し出そうとしたが、それよりも早く、なにもない空中から濃紺の羽織りが生じた。瞬き一つ分にも満たない間に、レイニーはすでに身体を隠してしまっている。

「なるほど。確かにそれでは、あの場では憑依を解けないね」
「あら、理由は別にあるのよ。服なんか別にすぐに着れるから、普段は気にしないわ」

 レイニーが纏っているローブは、魔法で生み出したものらしい。力が尽きれば服も消失するらしく、普段は力の温存のために普通の服を着ているとのことだった。
 冷たい床に横たえられていたサイラスが、目を覚ますなり険しい顔で跳ね起きて腰の辺りを探った。柄に手をかけるなり、彼自身が抜き身の剣のような鋭い気を放つ。それがやや和らいだのは、呆然と見つめるシエラの視線と、同じく驚いたように彼を見るユーリの姿に気がついたときだった。

「あれ、へーかにシエラ様? つか、ここどこ……」
「ごめんなさいね、騎士さん。少し身体を貸してもらったわ」
「へ? 身体? へーか、誰っすかこの人」

 レイニーは自ら名乗ると、サイラスに憑依した経緯を説明し始めた。
 何者かに家を襲撃された雨涙の魔女は、家を飛び出るなり雨の力を蓄えた魔法薬を用いて近くにいる人間に憑依した。憑依してしまえば、レイニーの姿はもちろん、気配でさえ一切掻き消える。そうして憑依する人間を変えつつ城まで来た彼女は、最終的に城内に――特にアスラナ王の傍に近づいても怪しまれない人物に憑依した。
 それが、そのときちょうど門をくぐろうとしていたサイラスだったのだ。
 知らない間に自分の身体を乗っ取られていたと聞いたサイラスは、盛大に苦い顔をして呻いた。先ほどの惨劇を仲間達から揶揄されることを想像すると、さしものシエラでも同情の気持ちが芽生えてくる。


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