15 [ 54/682 ]
それにしても――と、セルラーシャの視線が泳ぐ。
ぴたりと止まった先にいたのは、闇に溶ける深い藍色の軍服を着た人物で、その隣には神の後継者が腕組みをして立っている。よくよく考えてみれば神父服に面紗(ベール)という少々面妖な出で立ちではあったが、違和感がないのが不思議だった。
薄暗くなったので灯したろうそくの炎に揺られ、金の髪が赤銅色に輝いている。初夏の頃に見る新緑の双眸が笑うたび、セルラーシャの心臓はどくりと跳ねた。
――これが初めてではない。彼を見たときから、ずっと心臓がうるさく胸を叩いている。
悩ましげに細められた目や、神の後継者を見守る優しい目。ふわりと笑う口元に視線がそらせなくなる。
血が沸くような感覚さえ覚え、セルラーシャは記憶を辿った。
この感情の名前は一体なんだっただろうか。そして数拍開け、答えが出る。
「セル?」
「どうしよ、ルーン……」
頬を火照らせて服の裾を掴むセルラーシャを見下ろして、ルーンが尋ねた。
「私、恋しちゃったみたい……」
+ + +「わー、まだ続けてるよあの二人」
「ライナもああ見えて頑固だからなぁ」
店の片隅で金貨を差し出すライナとマーリエンのやり取りが、かれこれ十五分ほど続いている。すべて奢りだと言ったマーリエンの言葉に、ライナが「そんなのいけません!」と悲鳴のような声を上げたのが、もう大分前のことのように思えた。
二人の手を金貨が渡り合い、どちらにも受け取ってもらえないことを不満そうに音を立てている。どちらとも譲らないので、決着などつきそうにもない。
店内に立ち往生することになったシエラ達は、呆れながらもその光景を傍観することに決め、口を挟もうとはしなかった。
もしもここで仲介に入れば、どちらともから理不尽な叱責を受けるだろうことは目に見えていたからだ。
エルクディアは花篭の吊らされた壁にもたれ、窓の外に広がる闇をじいと見つめている。しばらくするとライナがしぶしぶ折れたらしく、金貨を財布の中に納めた。
それで終わりかと思ったのだが、マーリエンはライナの手を引いて店の奥へと消えていく。「帰るんじゃなかったのか」というシエラの呟きを拾ったラヴァリルが、蜂蜜色の髪にたくさんの花を飾りつけた状態で声をかけてくる。
店主であるマーリエンはもとより、店の二階へと上がったらしいセルラーシャとルーンに許可もなく、店の花を使っていいのだろうか。
そう思ったものの、どうせ彼女は笑いながら「だいじょぶじゃない?」と言うに違いない。シエラは目だけを彼女に向け、無言のまま「なんだ」という意思を表した。
「あ、見て見てシエラ! 外、すっごいキレー!」
「痛っ、いちいち引っ張るな!」
「ごめんって、あああーーーー!」
填めていた腕輪が、力強く掴まれたせいで手首に食い込んで痛みが走り、シエラは反射的にラヴァリルの手を振り払った。
突然のことにエルクディアも慌てて視線を彼女に戻したのだが、何事かを把握する前にラヴァリルの大声が「大声の原因」を掻き消す。
屈んだ彼女を見てようやく、シエラは手首の違和感に気づいた。かろうじて紐に繋がっていた石が、乾いた音を立てて床に落下する。
辺りを見渡せば、元は腕輪だった石が自由気ままに散乱していた。
「たっく、なにやってるんだ? ライナがいたらまた怒られるぞ」
「あう……、えるくんの意地悪。ごめんねー、シエラ。やっぱり安物は壊れやすいのかなぁ……うう、折角似合ってたのにー!」
「そんなこと言ってる暇があるなら早く拾え。全部でどれくらいだ?」
「分かるわけないじゃん、えるくんの馬鹿ぁ! とりあえず見える分掻き集めて!」
ぎゃんぎゃんと騒ぎながら石を拾う二人に若干の頭痛を感じつつ、シエラは足元に転がってきた赤い石を一つ摘み上げた。
さほど光沢はないが、その分深みがあって目を引く。まじまじと見つめていれば吸い込まれそうになるその感覚に、彼女は猫のように首を振って意識を戻した。