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 東の空を血を流したような赤に染めながら、朝が夜を食らっていく。
 珍しく日が昇る前に目覚めたシエラは、赤すぎる朝焼けを眺めつつ、隣で眠る幼子の額にかかる髪をそうっと払ってやった。
 子どもの柔らかな髪は淡い緑から濃い緑までの濃淡が美しく、時折風もないのに自然と揺れる。大きな瞳は右が赤紫、左が青緑の輝きを放っていた。白磁の肌はひやりと冷たく、神々の彫像が纏う衣服に似た白い衣が肌を覆い隠している。
 少年にも少女にも見えるこの子どもは、信じがたいことにあのテュールだった。ぐったりとしていたかと思えば突然人の形を取った時渡りの竜に、シエラはもちろん、ライナやエルクディアも困惑した。
 そんな中、唯一冷静だったのがユーリだ。彼は状況を聞くなり、竜のことなら魔女に訊ねるのが一番だというシエラの意見に賛成した。しかし魔導師との一件はもちろん、アスラナ王の挙式を目前にした今、そう容易く外出することはできない。そのため、青年王は魔女に使いをやり、彼女を城に招く手配を整えたのだ。
 だが、王の使いが城を出てから三日が経ったというのに、レイニーは一向に姿を現さない。それどころか屋敷は半壊状態にあり、消息も不明だというのだから訳が分からなかった。
 あの魔女になにがあったというのだろう。さしものユーリも苦い顔をしていたが、そのことばかりにかまけている暇はない。

「まったく……休まるときがないな」

 ふっくらとした頬に指先を這わせれば、テュールは眠りながら幸せそうに口元を綻ばせた。ルチアよりもさらに幼い風貌に、自分が姉にでもなったかのような錯覚を覚えて苦笑する。
 もう一眠りしようかと身体を横たえかけたところで、部屋の外が騒然としていることに気がつき、シエラはぱちくりと目をしばたたかせた。



「落ち着けサイラス、気をしっかり保て!」
「だれかっ、医官を呼んでこい! サイラスが!!」
「陛下、お下がりください! どうぞこちらへ!」

 一度無理やり意識を叩き起こされては二度寝などできそうにもなく、騒ぎが気になって足を向ければ、ユーリの私室へと繋がる廊下の辺りで人垣ができていた。それもただの野次馬ではなく、王都騎士団の屈強な男達がわらわらと集まっているのだから異様な光景だ。しかも、聞き間違いでなければ怒鳴り声の中にサイラスの名前があったような気がする。
 不思議そうな顔をして見上げてくるテュールの手をしっかりと握ってはぐれないように気をつけながら、シエラは離れたところから様子を伺っていた侍女達に何事かと訊ねた。

「そ、それが……」
「サイラスさまが、その……突然、様子がおかしくなってしまったようで……」
「サイラスの? 一体なにがあったんだ」
「フェリクス隊長のことがよほどおつらかったのですわ。ですから、あんな」

 きっちりと髪を結い上げた侍女が憐憫の眼差しで人垣の奥を見やった。しかしそれだけでは、なにが起こっているのかさっぱり分からない。そんなシエラの様子に気づいたのか、もう一人が言いにくそうにしながらも慎重に言葉を選びながら言った。

「サイラスさまはご混乱なされ、先ほど、陛下のお部屋に駆け込まれたのでございます」
「それだけでこの騒ぎなのか? ――まさか、ユーリになにか?」

 混乱とは一体どういう意味なのだろう。
 まさかと思いつつ、サイラスがユーリに危害を加えたのかと危惧すれば、二人の侍女がさっと顔色を変えてもげそうなほどに首を振った。

「違います、滅相もございません!」
「そのようなことはございませんので、ご安心ください!」
「だったらなんでこんな大騒ぎになっているんだ?」
「ですから、それは……」

 謎は深まるばかりで、一向に解決する兆しが見えない。長身の男達が作る壁の向こうにはなにがあるというのだろう。侍女達は心なしか、シエラに奥の様子を見せまいとしているようにさえ感じられた。そうまでして隠したがる理由があるのだろうか。
 軽く背伸びをして様子を伺おうとしたシエラの手を、テュールがくいっと引いてきた。「なんだ」と返事をしようとして、振り返った先に左右異色の宝石のような瞳と目が合う。
 シエラの目の高さに、小さな子どもが浮いていた。


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