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「しっかしまあ、ご丁寧に殺してくれちゃって。どうせなら、この手で始末してやりたかったってのに。クソが」

 ロータルの死体を蹴り転がしながら舌打ちしたサイラスは、ぞっとするほど冷たい声でそう言った。十番隊の人間が彼に対してどれほどの怒りを覚えていたか、エルクディアとて知らないわけではない。生け捕りになどせず、その場で殺してしまえと最後まで主張し続けたのも彼らだった。
 それをなんとか押さえ込んでの出陣だったというのにこのざまだ。

「……総隊長殿、あの二人の姿が見えませんが」
「ラヴァリルとシャイリーか。学園内はくまなく探したのか?」
「七番隊(うち)が探し出した中には、それらしき魔導師はいませんでしたよ。戦場の方はトーラスの連中が捜索に当たっていますが……。逃亡の可能性も考えられますし、捜索隊を出しますか?」
「そうだな。捜索隊は左右両軍に委任するが、オリヴィエ、六番隊からも一部出してもらえるか。あの二人を相手取るとなれば、お前達の力が欲しい」
「――御意」

 これ以上ここにいると、嗅覚が麻痺しそうだった。エルクディア達は死体の回収を部下に任せて主要教師陣の様子を見に行ったが、そこで奇妙なことが発覚した。誰も彼も、魔物収集や魔導具売買の取引の実態を知らなかったのである。無論、口だけならなんとでも言える。アスラナ城に連行し、専門の拷問官が真実を聞き出そうとするだろう。
 だが、彼らは震えながら、あっさりと「それを知っているのは誰々だ」と言ったのである。それぞれ挙げられた人物は異なっていたが、事情を知るとされた者は皆学園内で死体となって発見された。

「そーたいちょ、これ、完全に玄人(プロ)の仕業っすよ」

 詳細を知る者は一人残らず消された。残されたのはわざとらしい証拠だけだ。ここから先を考えるのは自分の仕事ではないにせよ、どう考えても愉快ではない未来に頭痛がする。
 学園を出たエルクディアは、急に視界に飛び込んできた蒼に一瞬呼吸を忘れた。その傍らに極彩色が揺れているのを見て、痛みと共に呼吸が戻る。

「シエラ様、ご無事でしたか」
「お前こそ。怪我は?」
「ご覧の通り、怪我と呼べるものはしておりません。……戦は終わりました。城にお戻りにはなられないのですか?」
「話があるんだ。ついてきてくれ」

 言うなりシエラは踵を返し、歩きだしてしまった。その背中はエルクディアが従うと確信しており、それ以外の結果を想像もしていないように思えた。やるべきことは山ほど残っていたが、今ここで従わないのは得策ではないだろう。
 ついていくことしばらく。かつては建物があったのか、崩れた塀が目立つようになってきた。こんなところまで来て話とはなんだろうか。さすがに訝しみ始めたエルクディアは、立ち止まったシエラの視線の先を見て目を瞠った。

「ラヴァリル、シャイリー!?」
「あまり大きな声を出さないでください、エルク」
「ライナっ、お前、これはどういう……」
「ここで気を失って倒れているところをジアが見つけた。ライナの見立てでは、命には別状はないらしい」

 崩れた塀の影に隠れるようにして魔導師の二人はいた。全身に傷を負ったラヴァリルがリースを抱きかかえるようにして庇っている。エルクディアが抉った右腕には包帯が巻かれており、ライナが治療を施したことが見て取れた。
 これを見せてどうしようと言うのか。そんな思いを込めてシエラを見れば、彼女は物憂げに金の瞳を細める。

「見逃すことはできないか」
「シエラ様、それは……」

 今ここでこの二人を捕らえれば、処刑は免れないだろう。そうしなければ示しがつかない。逃がしてやれる相手ではないことくらい、シエラにも分かるはずだ。たとえシエラがそれを拒否しようと、いつもならばライナが説得するはずだった。
 しかしライナもシエラと同意見らしい。バスィールに至っては考えるまでもない。彼はシエラの味方だ。

「……なりません。彼らは、裁かれるべきです」
「そうか」

 あっさりと返された言葉にエルクディアは面食らった。反発を受けることを覚悟で言ったというのに、シエラは反発どころか不満一つ零さない。

「なら、私が直接ユーリに話す。ジアも協力してくれるか?」
「姫神様のお望みとあらば」

 恭しく礼をするバスィールを見つめる金色の瞳が優しい。薔薇色の唇が柔らかく弧を描き、か細い指先が彼の頬に伸びた。頬に描かれた芸術的な刺青(しせい)をゆっくりとなぞり、シエラが微笑む。慈愛に満ちた穏やかな笑みだ。
 その笑みに、エルクディアの身体は金縛りにあったかのようにぴくりともしなくなった。
 足元から冷気が漂ってくる。気がつけば、エルクディアは雪原の真ん中に放り出されていた。銀世界。雪は白く、その影は青い。純白の雪の下には、分厚い氷の大地が広がっている。
 花が、降る。
 蒼い花だった。氷の花が降っている。しゃん、しゃら、りん。金属を弾くような美しい音色を奏でながら、蒼い花が地面に落ちていく。

「ありがとう、ジア」

 シエラの手が、バスィールの首筋に蒼い花を咲かせた。
 パキン。
 無意識に動かしていた足が蒼い花を踏みつけて氷を砕くと同時、エルクディアの身体は再びクラウディオ平原に引き戻されていた。周りを見ても蒼い花など一つもなく、バスィールの首筋にも当然花など咲いていない。
 今の幻想はなんだったのか。
 嫌な汗を流すエルクディアの袖を、ライナが軽く引いてきた。見下ろせば、柔和な顔立ちが険しいものに変わっている。



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