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 魔物を用いた盾は有効だった。対人用の銃の影響を受けることなく進軍し、残る魔物は祓魔師が祓い、国王軍側が優位に立った。銃と魔物という脅威を排除すれば、王都騎士団はその本来の力を惜しむことなく発揮し、戦場の覇者となった。
 元より相手は戦の素人だ。遅れを取ったこと自体が間違いだったとでも言うように、彼らは怒涛の進撃を見せた。特に活躍したのが十番隊の騎士達で、彼らは皆、他の誰よりも敵将――実際は将などいないのだが――の首を刈り取るのだと気炎を吐いて馬を駆った。
 魔導師側にとって絶対の味方だったはずの魔物を国王軍が盾に取ったことにより、彼らはひどく動揺したのだろう。次第に統制が取れなくなり、それまで一塊になっていた魔導師達がばらけ始めた。それでも教師陣と見られる人々は前線で懸命に魔術を放っていたが、彼らの本丸であるリヴァース学園の方からやってきた一人の伝令によって、彼らの最後の砦は崩れた。
 魔導師側の不利を悟っての敗走とはまた違った異常な困惑の気配をエルクディアは察知し、すぐさま学園に斥候を送って状況を探った。戻ってきた彼らの話を聞き、エルクディアを初めとする隊長格の騎士達は愕然とした。
 ――理事長ロータル・バーナー、自害。
 その一報が確かだとすれば、国王軍側の勝利が確定したと同時に、非常に厄介なものでもある。しかしここで立ち止まっているわけにもいかない。最後の大仕事をこなすべく、エルクディアは部下達を率いてリヴァース学園へと攻め込んだ。
 籠城戦など経験したこともない相手だ。ただでさえ冷静さを欠いている集団に、王都騎士団の人間が負けるはずなどない。固く閉ざされた門扉はものの数分で破られ、学園は軍馬の侵入を容易く許した。
 エルクディアらは主要教師陣を謀叛の主犯格として捕らえ、残る魔導師達を捕虜として拘束したのである。




「なんだ、これは……」

 むっと鼻を突く血生臭さに、七番隊ヴァーゴウの隊長セフレーニアが鼻を覆いながら眉を寄せた。何十、何百の死体が転がる光景に慣れている彼女でさえそんな反応が出るほど、室内は悲惨な有り様だった。ここに地獄が訪れたのかと思うほど、部屋には血の海が広がっていた。そこにざっと十人分の首が転がっているのだから、異様だとしか言いようがない。
 歩くたびに血を吸った絨毯がぐちゅりと嫌な音を立てる。血の海の中心に、首の残った死体が二つ転がっていた。一人はまだ年若い女の者だった。いびつに切られた栗色の髪と、全身を縛る血濡れの縄が彼女が被害者であることを物語っている。
 そしてもう一人がロータルのものだった。間近で顔を見たことのあるオリヴィエを呼んで確認させたが、この男で間違いないとの証言が得られた。

「頭を銃で一発か。確かにそれだけなら自死といえば自死だろうが……。総隊長、どう思われますか?」

 セフレーニアの問いに、エルクディアは散らばる書類を確認しながら慎重に思考を巡らせた。血に汚れた紙の中には、ベスティアの貴族との取引内容が記されている。首のない死体の傍に落ちていた短剣を観察していたサイラスが、柄を外したところで黙って刃を差し出してくる。

「……ベスティアの紋章か」
「こいつらはベスティアの刺客ってことっすかね。この狸ジジイはこいつらに?」
「両者の間でなにか不和が生じて相打ちだとしても、これは出来過ぎだな」
「やっぱりオリヴィエもそう思うか? 私もな、そんな気がしているんだ。これ見よがしにベスティアの証拠をばら撒いてあるのが気になる。仮に相打ちだとして、こいつらの首は誰が刎ねた?」

 頭を使う作業はお手上げだと言って、十番隊副隊長のフーゴはその会話に参加しようとはしなかった。彼は淡々と死体を回収し、外へと運び出している。

「この切り口、並の腕じゃない。どう見たって相当な手練れだ。――俺でもこうは斬れない。オリヴィエはどうだ?」
「総隊長殿で不可能でしたら、私には到底無理な話でしょう」

 冷ややかな声音だが、オリヴィエは事実を端的に述べているようだった。
 直視して気持ちのいいものではないが、切断された断面はあまりにも綺麗に断ち切られている。こんな芸当ができる人間はそういない。ましてやこの人数だ。一人でやったとは考えられないが――考えたくもないが――、だとすればそれは“誰”の犯行なのだろう。

「この刺客共がベスティアの人間だと決めるには、まだ早いでしょう。持って帰って調べねばなりますまい。――しかしながら総隊長、なんにせよ、これは“自害”で通さないとややこしいことになりますよ」
「ああ、分かってる。このことは他言無用だ。学園側でこの状態を知っている者はどうした?」
「他の捕虜とは隔離しています。ダフィット自ら見張っているはずです」
「なら安心だな。ありがとう、セフレーニア」

 ダフィット・スピラは三番隊トーラスの隊長である。厳格さで言えばオリヴィエといい勝負なので、彼が目を光らせているのなら心配はいらないだろう。
 間違っても、ロータルが殺されたなどという話が外に漏れるわけにはいかないのだ。暗殺されたと聞けば、それはすぐさま国王軍側が放った刺客によるものだと解釈されるだろう。そんな事実はないし、そう誤解されては聖職者の信用回復などできるはずもない。
 ――魔導師学園理事長ロータル・バーナーは不利を悟って自害した。
 それが発表されるべき事実であり、語られていく歴史の一つだ。



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